第37話

 夢を見た。

 うんと幼い私が、両親に何かのパーティーに連れていかれている夢。

 デビュー前だからと一人残された私は、見事に迷子になっていた。

 ふらふらしていた私は、とてもきれいな男の子に道を教えてもらっている。男の子の姿はおぼろげで良く分からなかったが、なぜか私にお礼を言っていたと思う。助けてもらったのは、私の方なのに。



 夢を見た。

 相変わらず夢の中の私は小さい。

 今回の舞台はお茶会のようで、やたら女の子が多い気がする。

 彼女たちはピリピリしていて、何かを待っているようだった。居心地が悪い小さい私はその輪から抜け出し、庭に向かったようだ。

 そこで、着飾った令嬢に言い寄られていた男の子を見つけた。姿はぼやけているのに、道を教えてくれたあの子だと分かった。見なかったことにしようとしたが、男の子が少し震えていることに気付いて、口をはさんだ。これでおあいこだね。



 夢を見た。

 今度の夢は修羅場だった。五、六人の令嬢が、あの男の子を囲んで言い争いをしていたのだ。

 容姿ははっきりと分からないのに、彼はきれいな子だとは思う。夢だからだろうか。

 正直関わりたくないが、男の子が野獣の群れに放り込まれたウサギのように見えてしかたない。覚悟を決めて、戦地に飛び込む。何とかケダモ……令嬢たちの気を逸らして、男の子を連れ出せた。

 彼が落ち着くまで話に付き合ったような気がするが、その日はそこで目が覚めてしまった。



 夢を見た。

 その日は私の十歳の誕生日だった。

 会場の隅で、あの男の子を見つけた。相変わらず令嬢に囲まれていて、思わず笑ってしまいそうになる。

 爵位が低い令嬢ばかりだったので、私の姿を見るとみんなどこかへ行ってしまう。そんな私を見て、男の子はきらきらと目を輝かせていた。相変わらずぼやけているのに。



 夢を見た。

 知らない屋敷にいる私は、あの男の子と話していた。

 話の内容は分からないが、彼の顔はとても強ばっていた。小さい私はそれに気づいていない。

 この夢は何度も見ているが、やけに連続性がある。だから、なぜ突然こんな空気になってしまったのかが分からなかった。

 それに、ただの夢だと笑い飛ばすには現実味がありすぎたのだ。

 私がおろおろしている間にも、夢は進んでいく。そして、変化は起きる。

 屋敷に帰ろうとした私の腕を、男の子は掴んだ。瞬間、今まであいまいだったその容姿がハッキリと見えた。


 髪は月の光のような美しい銀色で、瞳は空を切り取ったようなアイスブルー。涙で潤んだそれはどんな宝石よりもきれいで、整った顔立ちもあってまるで人形のようだった。

 男の子の唇が動く。



「辛いことがあったら、いつでも言ってください。今度こそ、私が力になって見せます!」






 目を開ける。

 すっかり見慣れた天井に、私は大きく息を吐いた。



 公爵家に来てから、ほぼ毎日見る夢。

 不思議と起きてもしっかり内容を覚えていて、どれもまるで本当にあったかのようにリアルだ。



 というか、本当にあったことなのだと思う。

 だって、一つ二つならともかく、夢で見た出来事はほとんど身に覚えがあるものだ。むしろ忘れていたのが逆に可笑しいものもある。


 心当たりはある。忘れていたのは、主に元婚約者が深く関係しているものが多い。

 イルヴィスは厳しい環境のせいだと言っていたが、おそらくその影響はあまり大きくないと思う。


 小さい頃の私は、元婚約者の好みではないというだけで言動を変えていたのだ。

 推測だが、私はアレの意にそぐわない行動をした記憶を、意図的に思い出さないようにしていたと思う。穏やかで素直な私の記憶を多く残すことで、自分を誤魔化していた。


 そうしてまで気に入られようとした自分に腹が立つが、そのおかげで一応は幸せだったと考えると、とても微妙な気分になる。


 ……嫌なことを思い出してしまった。



「それより、あの男の子よ」



 今日の夢でやっと顔が見えたが、あれは間違いなくイルヴィスだと思う。

 あんな美しい子供、間違えるわけがない。


 それに、夢が過去に本当にあったことだと考えると、イルヴィスの態度も納得がいく。

 毎日の"お話"でも同じ内容があったし、間違いないだろう。


 となると、イルヴィスの作戦は大成功と言ったところか。なにしろ、忘れていることにすら気づいていない記憶を掘り出したのだから。

 あとで早速この話をしてみよう。気にしてないふうを装っているけど、私が思い出してないのに気づくたびに寂しそうな顔をしていたのだ。



「よく考えたら私、とても失礼じゃ……」



 そこそこ関わりがあった人の存在をまるごと忘れるなんて、どんな理由だろうと許されない気がする。


 うん、ここぞとばかりに要求を通そうとするイルヴィスが目に浮かぶ。むしろ彼がこんなチャンスを逃すはずがない。しかし、こればかりは私が完全に悪いので、何をされても受け入れるつもりである。



「まあ、まずはこの手紙の報告ね」



 ローズベリー伯爵家の紋章が入った手紙を手に、私は部屋を出た。



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