第21話
普通なら照れるべきところだが、私はそのセリフをどこか遠くで聞いていた。
今までそういうことと縁がなかったからか、いまいち自分に言われていると実感出来ない。まるでロマンス小説を見ているような気分になるのだ。
「女性が嫌いと言われているにしては、ずいぶんと手馴れているじゃないですか」
イルヴィスの手を取って馬車から降りる。
思ったよりかわいげのない言葉が口から出て、すぐに後悔した。怒っていないだろうかと恐る恐るイルヴィスを見上げれば、彼は存外嬉しそうにしていた。
「昨日はダメ出しをされてしまいましたからね。今のはどうでした?」
「……今のが無かったら、まあいいんじゃないですか」
「そうですか!小説で勉強した甲斐がありました」
「昨日お帰りになったあとそんなことしてたんですか?」
思わず半目になった私は悪くないだろう。
だが、勝手にイルヴィスが机に向かって真剣にロマンス小説を読んでいる姿を想像してしまい、そのギャップに笑いかけてしまった。
「貴女、今失礼なことを考えていませんか?」
「あ、ここレストラン街なんですね。朝は何も口に出来なかったので助かります」
「なんだか身に覚えのある話の変え方ですね」
「はは、ほら!あそこのレストランなんてゆっくりできそうでいいじゃないですか?」
「はいはい、そうですね。ではそこにしましょうか」
私が気になったのは、白亜の壁が目立つ少し端にあるレストランだった。
中に入ってみると、どうやら軽食がメインのようであった。店内は半個室で清潔感があり、たまたま目についただけにしてはかなりの当たりを引いた気がする。
「へぇ、こういうところにはあまり縁がないのですが、これは期待以上ですね」
イルヴィスの反応も上々で、店員が窓際の席に案内してくれた。
なぜこんな端の方に店を構えたのか疑問だったが、席に着いて窓の外を見るとすぐに納得した。
「ここ、街並みを一望できるんですね」
「しかも三階建てなので、街ゆく人々がよく見えます」
イルヴィスは景色をじっくり眺めていたが、私はお腹が鳴ってしまう前に食べなければならない。なぜならば、時間帯のせいで店内に人影はなく、小さな音でもよく響きそうだったからだ。
どんなものがあるかなとメニューを眺めていると、外を見ていたイルヴィスが小さく息を呑んだ。
「外になにか?」
「……大通りでやたらと周りを見回している、あの身なりのいい男」
「そんな目立つことをしている人がいるんです?」
その言葉につられて、私も外を見た。やはり不審がられているようで、道行く人が男を避けて歩いていく。そのおかげですぐに見つけられたが。
「____後をついてきましたか」
少し身を屈めて、窓辺に置いてある植物の影に隠れる。葉のすき間からもう一度大通りを見た。
顔は見えないが、しきりにキョロキョロしている男は何かを探しているようだった。
男の身なりはよく、その服装はちょうど今朝婚約者が着ていたものと同じだった。さらに言えば、男の焦茶色の髪も婚約者と同じである。
男は、紛れもない婚約者その人だった。
「あの男で間違いありませんね?」
「はい。あの後、すぐに追いかけてきたのでしょう」
おそらく私たちの姿を見失っているのだろう。それか周りの視線に耐えられなくなったのかもしれない。婚約者はすぐに引き返していった。
「ずいぶんあっさりと諦めましたね?」
「そう、ですね」
___違和感。
あの男は大通りを少し見回しただけだった。ここまで追いかけてきた熱意の割にはあっさりと引き上げてはいないか?
「彼、想像以上に行動力がありますね。少し煽ればすぐにボロを出すかと思っていましたが、逆に火をつけてしまったか……」
___違和感。
私はこれでも婚約者を長い間見てきた。確かに最近は様子がおかしいが、それでも流されがちなところは変わっていなかった。
「判断が甘かった私のミスです。すぐに対策を練りますが、このまま返すのは心配で___アマリア?」
___違和感。
もし衝動的に私たちの後をついて来ていたら、こんなに早い段階で見失っただろうか。
侯爵家の馬車はすぐにでも出発できていた。ここは屋敷からそう遠くないし、向こうは家紋付きの馬車だ。私たちよりスムーズにたどり着けるはずなのに。
(そもそも、あいつに少しでも意思があったのなら、こんなコトになってないのよ)
違和感が気持ち悪くて、今までの記憶を何度も反芻する。
浮気が発覚した前後と、そのあとの数日。それからこの三日間の出来事。
イルヴィスが心配そうに私を見ていたのにも気づかず、ただ思い返していた。
ふと、婚約者が帰った方向を見て。
私は勝負を仕掛けてみることにした。
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