第22話 ウィリアム・ウスター

 十二歳のときに、婚約者ができた。

 八年間共にしてきた彼女は、アマリア・ローズベリーという亜麻色の髪にエメラルドのような瞳が綺麗な女性だ。

 出会ったころの彼女は気が強く、はっきりとものを言う子だった。僕より前に出て、進んで何かをやり遂げる彼女が少し苦手だった。


 結婚すれば僕が伯爵家を継ぐのに、そんな彼女を「もうすっかり伯爵らしい」と父はよくほめていた。僕にはもっとしっかりしろ、男らしくないと怒ってばかりなのに。

 

 婚約して一年くらい経つ頃、彼女がたまに僕の意見に口を出すことがあると気づいた。

 どうして僕の言うことに反対するのか分からなかったが、きっとこういうふうに彼女が目立とうとするから僕が弱そうに見えるんだ。

 素直に大人しく僕の後ろについて来ていればいいのに。そうすれば僕が守ってやれるのに。


 だから、少しづつ彼女が未来の伯爵夫人らしくなるようにした。


 華やかなドレスは目を引くから駄目。

 強い言葉は女らしくないから駄目。

 外で遊ぶのは野蛮だから駄目。

 賢く見せようとするのははしたないから駄目。

 僕の言うことに反対して目立とうとするのはもっと駄目。


 本当は勉強も辞めさせたかったけど、なぜか僕が怒られてしまった。彼女がちゃんと伯爵を説得できなかったからに違いない。



 そんな風に、長い時間をかけてやっとアマリアが淑女らしくなった。

 いつも僕の言うことを素直に聞き入れて、穏やかに僕の後ろについて来てくれる。

 そんな彼女が、大好きだった。



「穏やかで素直……ですか。つまり、いつもの私は従順で何でも言うことを聞くってことですか?」



 アマリアはまた僕の言うことに意見をするようになった。なぜそんな当たり前のことをわざわざ確認するのかと思った。

 だが、なぜだろう。それこそが僕が望んだアマリアのあるべき姿なのに、彼女の口から言われると。



 ……まるで僕が、彼女を人形のように扱っているように感じた。

 まるで秘密を暴かれたような気分になって、気まずくなった。でも僕を嘲笑うアマリアの姿に、一瞬で怒りが湧いた。


 何を勘違いしたんだ。僕はアマリアを思ってあんなに努力したんだ。あれは全て彼女のためにしたことなのに、なにを後ろめたく思う必要があるんだ。



「そうですか、では今日はオリビアに用があったんですね。でしたら私は関係ないので失礼させていただきます」

「私とアマリアはただの友人です。心配なさるようなことは何一つありませんよ」



 僕の話を聞こうともしないどころか、公爵と親し気に話すなど!


 だいだいオリビアと関係を持ったのだって、たったの一回だけじゃないか。それにあんなに情熱的に迫って来られたのに、断るなんてオリビアに悪いと思ったんだ。それにアマリアに似ていたから、将来のためにも悪くないと……。

 でも、オリビアがあんな女だとは知らなかった!だから僕は何も悪くないのに。


 僕は今も、アマリアが好きなのに。



「お先に失礼します。良い一日を」



 思い浮かぶのはあの男の憎たらしいほどに整った顔と、僕に背を向けたアマリアのことばかり。



「……いや、アマリアは振り返って僕を見ていたではないか」



 そもそもアマリアはあんなに僕を想っているじゃないか。そんな彼女が僕より他の男を優先するはずがないんだ。だから彼女は公爵に脅されて仕方なく付き合っているに過ぎない。その証拠に、僕と目が合った。さっきはつい怒ってしまったが、あれは僕に助けを求めていたのでは?なんだ、彼女は怒っていなかったんだ。きっと僕の気を引きたくてあんなことをしたんだ。僕があんなに時間を割いてやったのに、僕以外を選ぶなんてできないに決まっている。そんなの許されない。



「そうだ、そうに違いない。だってアマリアは僕が好きなんだから」



 今すぐに公爵から助けてあげないと。きっと今も困って、僕の助けを待っているに違いない。でもどうやって?相手は腐っても公爵。侯爵、ましてや三男の僕にできることはない。


 ……ついていったのはアマリアだし、僕がそんな危険を冒す必要があるのか?もし不敬罪にされたら、僕は。



「そうなんですの!お姉さまはウィリアム様を想っているのに、公爵様をたぶらかしたのよ!」



 あの売女もどきが、何かを喚いている。



「だからウィリアム様、お姉さまを愛の力で取り戻すのですわ!」

「愛の、ちから?」



 笑い飛ばしたくなるような戯言だったが、今の僕にはとても素晴らしい言葉に聞こえた。



「これはウィリアム様とお姉さまに与えられた試練ですわ!だから、だから何をしても許されますわ!」

「何を、しても」



 なにを、しても?



「もちろんですわ!どうか、どうか乗り越えてくださいね」



 アマリアと似た笑顔が心を揺らす。何をしても許されるのなら、僕が恐れるものは何もない。



 気づけば、僕は伯爵家から飛び出していた。


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