第12話

 絶不調な体を引きずって、私はなんとか部屋にたどりついた。すぐにメイドたちに準備を整えてもらい、今は身動ぎもできずにベッドに横たわっている。


 金槌で殴られているような頭の痛みで眠ることもできず、私は波が過ぎるまでベッドの上でぼんやりしていた。気分が悪いと、人間は悪いことばかりを考えてしまう。



(なんで、こんな思いをしなきゃいけないの)



 幼い頃から、事ある毎に言われていたことが頭の中をぐるぐる回る。



『アマリア。貴女は将来、ウスター侯爵三男と結婚して家を継ぐのよ』



 ローズベリー伯爵家の跡取り。いずれ子を成して、家系を次代へつなぐためだけの存在。

 それが、私の役割だった。


 勉強や両親からの重圧に耐えきれなくて、小さい頃は家を抜け出したりして反抗をしていた。でもその度に折檻され、勉強や稽古の量を増やされていったのだ。

そしてその日に出された課題を終えないと、また折檻されるのを繰り返す。


 そんな厳しい躾をされていた私とは違い、妹は極めて自由に育った。両親は家を継げない妹に興味を持たず、妹が欲しがったものは何でも与えたし、勉強が嫌だと抵抗すれば稽古をすべて無くした。


 たとえ妹が私の持ち物を欲しがったとしても、両親は面倒そうに「お姉さんなんだから我慢しなさい」と私を責める。最初の頃は私も嫌がったり、怒ったりと抵抗をした。

しかし両親はそのとたんに冷たい顔をするので、捨てられるのが怖くて抵抗をやめた。



 そんな両親は、私が家庭教師にほめられたときと、婚約が決まった日だけはとっても優しかった。

 婚約者は何も言ってこないので、すぐに好きになれた。

 


 だから、そのまま結婚して家を継ぐのが私の唯一の道だと思った。


 


 飲み込んで、我慢して、押し殺して、誰にも逆らわない方が、しあわせになれると。






 そう、思っていたのに。



『貴女に、アマリアの代わりはできませんよ』



 イルヴィスは、当たり前のように私を尊重してくれた。

 わざわざ恋人の振りまでして、なんの利益もない婚約破棄に協力してくれて。



――――そのおかげで、私はこの家がおかしいのだと思い出したのだ。



(私、助けてもらうのに甘んじていたな……)



 母が失言したとき、私が戒めなければならなかった。

 妹がイルヴィスに色目を使ったとき、私が妹を止めなければならなかった。

 理不尽にひどい言葉を投げられたとき、私は怒らなければならなかった。



(そもそもイルヴィスとは婚約破棄までの関係よ。このままじゃ、今回は逃れられてもまた次がある)



 戦うことを諦めて、楽だからと偽物の居場所でしあわせだと自分を騙していたけど。

 一度違和感に気づいてしまったら、もう目を背けることができないほどの虚しさと憤りが心の中に居座っていた。


 ふと、今までされてきたことが走馬灯のように流れて。



「なんで私が我慢する必要があるのよまとめて地獄に叩きこんでやる」



 吹っ切れた。



 使用人に罪はないし、領民は守らなければならない。

 でも、どうして私が犠牲にならないといけないの?


 奪われるのも嘗められるのも理不尽を強いられるのももううんざりだ。



(私がこの家に尽くす義理はもうない。あいつらがゴミのように捨てたんだ)



 妹も両親も婚約者も許さない。

 やつらに、私が今まで捧げた時間の対価を支払わせてやる。



(私は都合のいい人形じゃないの。言う通りにはならない。なってやるものですか)



 頭は相変わらず痛むが、心持ちはとてもいい。胸の中がすっきりしたおかげで、やっと眠れそうだ。









 タイムリミットは三か月。

 結婚式の日程が決まる前に復讐をやり遂げ自由にならなければならない。



 妹の様子だと、明日にでも何かしでかすだろう。しっかり体調を整えて迎えてあげないといけない。

 私に言い返されたことなんてないから、妹はきっと間抜け面を晒すだろう。



 ああ、いい夢が見られそうだ。

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