第二章
第13話
翌日、私はぱっちりと目覚めた。
昨日の鉛のように重かった体は羽のように軽く、こんなすっきりとした目覚めは久しぶりであった。
カーテンの隙間から光が柔らかく差し込んでおり、晴天であることにホッと胸を撫で下ろした。どうやら昨日の昼頃から今の今までずっと寝ていたようだ。
眠りが深すぎて気付かなかったのか、それとも呼ばれていないのかは知らないが、夕食の時間も寝ていたせいで今は空腹感がすごい。
(お母さまの機嫌が悪かったし、わざわざ呼びに来ないでしょうね)
以前なら嫌われまいと母の機嫌を取っていただろうが、生憎そういう生き方はやめることにしたのだ。
イルヴィスは昨日より遅い時間帯に来ると言っていたので、時間は十分にある。
ハンドベルでメイドを呼び、今日の予定を伝えて身支度を整えさせてもらう。メイドたちが外出用のドレスを見繕っているのを眺めていると、嫌なものを見つけてしまった。
「エマ、その緑と紺色のドレスを処分して。ああ、ミラが今持っているその二着も」
「ええ!?で、ですが、これらのドレスは全てウィリアム様からの贈り物では……」
どれも若い令嬢に贈る色ではないそれらのドレスは、すべて誕生日に婚約者から貰ったものだ。明らかに私に合わないスタイルのもあったから、おそらくは流行りのものを送り付けていたのだろう。
「だからよ。それに、どれも私に似合わな過ぎて着られないの、貴女たちの方がよく知っているでしょう?」
「……」
「……」
メイドたちは一斉に目を逸らして沈黙した。その態度が何よりもの証明である。
何を隠そう婚約者からドレスを貰ったとき、私は舞い上がってそれを着てパーティーに行こうとした。それを全力で止めたのは彼女たちなのだ。あの時は疑問に思っていたが、今では両手を上げて感謝したいくらいだ。
あれを着てパーティーに行ったら、間違いなく社交界で笑い種になっていただろう。恋とは目を曇らすのである。
「まあ、どうしても捨てるのが心苦しいなら……そうね、オリビアに送りましょうか。あの子、そういう露出が多いの好きでしょう?ウィリアム様もオリビアが着てくれた方が喜ぶわ」
ティーカップを投げつけられたメイドの手当をしたり、体罰を与えられていた園丁を介抱したりするうちに信頼関係ができていたのだ。
私とそう年が変わらない少年少女が痛々しい傷を抱えて生活するのは見たくないからね。
母と妹は小さなことで罰を与えていたが、その後のことには無頓着だ。あの二人はおそらく、使用人の顔を一人も覚えていないのだろう。
そういうわけで、今までバレることはなかった。
「確かにそれはいい考えですね!」
「オリビア様の衣装は多いですし、全てを把握しているとは思えません。後でこっそり入れておきます」
私の言いたいことをすぐに察した優秀なメイドたちは、早速婚約者から貰ったドレスを端に寄せた。
六着しかなかったので、作業はすぐに終わった。二人は改めて衣装を選び出すと、とても嬉しそうに支度を始めた。
「それにしても、どういう心境の変化ですか?アマリアお嬢様からそんな言葉を聞けるなんて思いませんでしたよ!」
「何を言ってるのエマ、ランベルト公爵様のおかげに間違いありません。昨日の公爵様の様子を見たでしょ?」
「確かにそうですね!ウィリアム様とは大違い!ずっと言えませんでしたが、私にはあの根性無しがお嬢様を幸せにできるとは思えませんでした!」
エマは怒りながらもテキパキと準備を進めていく。彼女が話す度に、私はなぜあんなのを本気で好きだったのかと後悔した。
まって、アイツ前からたまに妹を見ていたの?ちょっとその話詳しく。
「というかあのおん……ゴホン!オリビア様の顔見ました?」
「オリビアの顔?」
「お嬢様は昨日ぐっすり寝ていましたからご存じではないでしょうが、公爵様が帰ったあとに大暴れしていたんですよ」
「使用人が全員片付けに追われてしまい、お嬢様にお夕食を届けることも出来なかったんですよ」
なるほど、誰も私を起こそうとしなかったのはそういうことだったのか。話を聞くと、昼間は母が居ないせいで止められる人がいなかったそうだ。
私とイルヴィスが使っていた部屋の調度品は全て粉々になったらしい。いったいどんな暴れ方をしたのだろう。
「そういえばひと暴れして落ち着いたのか、どこかに出かけましたね」
「家紋付きの馬車に乗っていたから、どこかの貴族の屋敷に向かったのかと思います」
「貴族の屋敷に?先触れも無しに?」
公爵であるイルヴィスだって、一応は先に従者に手紙を持たせてから来たというのに。
先触れがない訪問は門前払いをされてもおかしくないというのに、そんなマナー違反をしてまで妹は誰の家に行ったのだろう。
「珍しく夕食前に帰ってきましたが、随分と満足そうでしたよ?」
「昨晩はずっとドレスを選んでいましたしね。どこかの令息と出かけるのかもしれませんね」
妹が?このタイミングで……?
確かに普段の妹なら、それは不自然な行動ではない。
でも、イルヴィスが来ることを知っているのに、妹がどこかへ行くはずがない。それも昨日、あんなに暴れておいて、だ。
(なにかを企んでいるに違いないわ)
嫌な予感がして、私はエマたちに準備を早めるようにお願いした。
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