第11話

「……公爵さま、お姉さまを”アマリア”と呼んでいらしたわね」



 イルヴィスの姿が見えなくなっても呆けていた私は、その言葉で我に返った。


 こちらをまっすぐにらむ妹の声は、地を這うほど低い。私と同じエメラルドグリーンの瞳には嫉妬の炎が渦巻いていて、今にも私を焼き殺してしまいそうだ。

 以前は妹のこの目が苦手だった。妹がそんな風に私を見る度、今度は何を奪うつもりかと怯えていた。


 でも、不思議と今の私にはそんな感情は全くなかった。



「お姉さまは最近、落ち込んでいるようでしたのに……分かりましたわ、落ち込んでいる振りをして公爵さまに慰めていただいたのね!信じられませんわ……婚約者がいらっしゃるのになんて浅ましいのかしら!」



 自分の行いをすべて棚上げにして、妹は見当違いな考えを大声で喚いている。使用人たちが呆れた顔で見ていることに気付いていないのか。



(その婚約者を寝取ったのも貴女でしょうに)



 もしかしたら妹にとって、姉の婚約者を寝取ったことより、婚約者がいる身で他の男と話すことの方が悪いと思っているのかもしれない。

 それに、手に入れたいと思ったものに相手にされなかったことへの八つ当たりもあるだろう。どちらにせよ正常な思考ではないが。



「やっぱり噂なんて当てにしてはいけないのね!だってだって、公爵さまはあんなにもお優しそうでいらっしゃるもの!公爵さまはきっと奥手だからみんなに勘違いをされたのね。ええ、そうに違いないわぁ!だから、だからお姉さまみたいな強欲な女に騙されてるのよ」

「貴女、にらまれたのにお優しいって……」

「お姉さまこそ何をおっしゃっているの?だってだって、あれは控えめで優しいわたくしが、わがままなお姉さまと同じになれないってことでしょう?わたくしのために怒ってくださったのよ」



 病的な前向き思考である。

 どうやら妹の頭には、言われたことを自分に都合のいいように変換する機能がついてるらしい。


 呆れて何も言えない私を見て、図星を突かれたと思った妹は再び得意げになった。



「ほうら、やっぱりそうだったのね。ああ、公爵さまはなんてお可哀そうなお人かしら!わたくしが解放して差しあげなければ……!」



 そう早口でまくし立てた妹は、私に目もくれずに自分の部屋に走り去った。嵐が去ったような気分でため息をつきたくなったが、それよりも先に今まで我関せずといった様子の母が大きなため息をついた。



「はあ……朝からなんて騒ぎなのかしら!アマリアもオリビアも、あんまり親を困らせないでちょうだい」

 

 

 今日の予定をだいぶ狂わせてしまったからだろう、母の機嫌は朝より悪くなっていた。妹が消えていった方をひとにらみすると、眉間のしわを深くしたまま私を見た。



「今日はサロンでのんびりするはずだったのに……最悪よ!」



 母はこうなれば止まらない。とにかく気が済むまで目に付いたものに片っ端から文句を言うのだ。



「だいたいアマリアねぇ、貴女も貴女よ!どうして婚約者がいるのにランベルト公爵様を家に連れてくるのよ。神経を疑うわ」



 妹が私の婚約者を寝取った時もこんなに怒っていなかった。私に何かあれば、婚約が破棄されてしまうからだ。

 だから母は、いつも婚約者を優先してきた。そんなにお金と名誉が大事なのかな……。


 

「お母さま、それは、」

「結構!今日は疲れたから聞きたくないわ。後にしなさい」



 荒れた母はそれ以上私が何かを言うのを許さず、妹と同じようにどこかへ行ってしまった。

 


 ……まあ、変にあれこれ聞かれるよりはマシだったと思おう。母が私の言うことを聞かないのは、別に今に始まったことではないし。


 

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