第10話

 ただでさえ万全とは言えない体調が、ストレスで悪化するのを感じる。


 取り返しがつかないことを妹が口走る前に黙らせないとと思うのに、全身がこわばって言うことをきかない。そのくせ目線だけは二人に縫い付けられたように逸らせず、イルヴィスに期待する自分がたまらなく嫌になった。


 そんな私なんて目に入っていないのだろう、妹のアピールは終わらない。



「うふふ~、初めてこんなに近くでお話したのですけど、公爵様って本当にお素敵でいらっしゃるのね!わたくし、虜になってしまいそう」

「ありがとうございます」

「声もとっても魅力的ですわ~!どうしましょうどうしましょう、胸が高鳴ってしまうわ」

「散歩でお疲れになっているのでしょう。はやく休まれてはいかがです?」



 とてもちょっと前に姉の婚約者を寝取った女のセリフとは思えない。罪悪感なんて少しも感じていないだろうとは思っていたが、まるで自分の行動を覚えてないような変わり身だ。

 そんな妹は自分が適当にあしらわれていることに気づいていないようで、今も聞くに堪えない言葉を並べている。



 母が咳ばらいをした。

 イルヴィスの反感を買うのが嫌なのだろう、その目は私に早くどうにかしろと語っていた。


 しかし、私が意を決する前にそれに気づいたイルヴィスは、私に向かって大丈夫だというように優しく微笑んだ。自分が微笑みかけられたと勘違いした妹は黄色い悲鳴をあげたが、その甲高い声で私が再びこわばることはなかった。



「ランベルトさまは今からお帰りなるところかしら?さっき偶然と耳に入ってしまったのだけれど、この後はお暇なのでしょう?お姉さまに代わって、わたくしがお供いたしますわ!」



 そういうと、妹はくねくねと体を揺らしながらイルヴィスにすり寄ろうとする。もちろんイルヴィスはアルカイックスマイルを浮かべたまま距離を空けていたが。



(そんな偶然があってたまるものですか)



 身分にしつこい妹は、公爵家の馬車を知っているのだろう。そしてそれが庭先に止まっているのに気づいて、接近をもくろんだのだ。

 そしてタイミングをうかがっているときに、会話を盗み聞いたのだろう。



「申し訳ありませんが、この後は仕事をしなければならないんです」

「えっ、でも先ほどはお姉さまと出かける予定だったとおっしゃったのに……?」

「はい。明日に予定がずれましたので、その分を今日中に終わらせないといけないので」



 その言葉に勝ち目がないと分かったのか、妹は悔しそうな顔をしつつも引き下がった。

 しかしその目線は憎らし気に私をにらみつけており、イルヴィスの姿が見えなくなればすぐに飛びかかってそうだった



「ささ!公爵様もそうおっしゃっていますし、これ以上引き留めては悪いですわ。、お見送りをしましょうね」



 妹が黙り込んだ途端、母はここぞとばかりに会話を切り上げた。

 反論を絶対に許さない気迫だ。



「そうですね。アマリアの体調が悪化しているようなので、お見送りここまで結構です」

「お気遣い痛み入ります。それでは、また」

「ええ、また明日お会いしましょう。お体を大切に」



 簡単に別れを済ますと、イルヴィスは今度こそ玄関に向かった。



「ああ、そういえば一つ、言い忘れたことがありました」



 しかしすぐに歩みをやめたイルヴィスは、そう言って凄みのある笑顔で妹を振り返った。



「貴女に、アマリアの代わりはできませんよ」



 ヒュッと、思わず息を飲みこんだ。

 にらまれた妹か、それとも間近でそれを聞いた私のどちらが発したのかは分からない。あるいは両方かもしれないし、精神的に参った私の幻聴かもしれない。



でも。




でも、私がその言葉に救われたのは、確かだった。


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