2 買える殿様

 ショッピングモールの一角に店舗を構える服屋。

 十代、二十代の顧客をターゲットにしているからか、店員も若めだ。シンゴ店長も三十になったばかり。




 退勤後、新入社員歓迎会が開かれた。


 こじんまりした居酒屋。アルバイトの子も数名来ている。


 歓迎されるのはツナキと、彼より四か月先に入社したクルミという女性の二名だ。


 ハスミは内心、この二名は飲み会が苦手そうだと憶測していたので楽しく飲んでいる姿に驚いた。


 あらあらまあまあ、デレデレしちゃって。


 ツナキは意外にも女性陣とよく話し、相槌を打ち、輪の中心にいた。

 酒の力だけでなく頬が緩んでいる。


 これなら放っておいても大丈夫かとハスミは早々にシンゴ店長と、ビール片手にテーブルの端に移動した。


「ツナキ、馴染なじんでますねえ」


「スキンヘッド最初はいかついかと思ったけど、なんでかモテててるねえ」


 店長と一緒に、聞かれてもいい噂話にいそしむ。


 仕事終わりのほどよい疲労感、居酒屋のゆるい空気、豚肉の生姜焼き。最高。


 と、店長が口元をビールジョッキで隠しながら改まった顔になった。


川頭カワズくんだけどさ、面接の時やたらと『スキンヘッドやめなきゃダメですかね?』って訊いてきたんだよね」


「ツナキが? ええー堂々としてるように見えるのに」


「あの頭にしてるの理由があるのかも。いやぁ、わかんないけどね。

 でも水田ミズタさん、気にかけてやってね」


 ハスミはふっと居酒屋を見回して、木の柱に目を留めた。

 身長を測ってつけたような横線が柱に数本書きこまれていた。


 そんな柱に背をもたれて、お喋りに花を咲かせるツナキも同時に目に入った。


 すごく普通に見える、けどなぁ……?


 ハスミは頭に発生した疑問符を、今考えてもしゃあないか、とビールと共に流し込んだ。






 ――あっ。だめ。やわらか……。やわこいものが……、あっ。


 ――髪の毛……くすぐったい……。んっ。


 ――こんどは胸板……。たくましい二の腕に抱かれて……。

 そんな、わたくしっ……、わたくしは……。




「おい、仕事しろや」


 展示用のマネキンを荷運び台車に積むツナキのお叱りが、ハスミに直撃した。


「さーせんっ!」


 ツナキの抱えるマネキンになりきって声を当てるアテレコしていたハスミは、瞬時に平伏して床掃除を再開した。


 ちなみに、やわこい云々うんぬんは、マネキンの額に当たったツナキの頬っぺただ。




 冷夏の七月。

 梅雨が明けたにもかかわらず、ショッピングモールの駐車場は地雨に濡れ、アスファルトが銀鏡のごとく鈍く光っていた。


 今は開店前、あらかじめ決められたレイアウト通りにスタッフ総出で店舗の設営をしていた。


 お客にとって普段よりちょっと贅沢な買い物は、手軽に楽しめるある種のアトラクションだ。

 二時間後には、店舗から店舗へ通路を練り歩くお客の活気と、ショッピングモール内に流れるBGMとが混ざり合い、ひと時の高揚感に包まれるだろう。


 ハスミたちの仕事はそんなお客の楽しい息抜きを支えるためにもあるのだと思う。


 さて、そんなプロ意識とはかけ離れたハスミのおふざけ。


 後輩の目が心なしかまだ冷たい気がして、つい言い訳がハスミの口をついた。


「あ、あのね、場を和ませようとしたのよ?

 みんな余裕ないしぃ、ちょっと笑えたほうがさぁ……」


「マネキンにアテレコしてすか? 仕事放り出して? それは楽しいの?」


 うぐ……。ハスミが調子に乗ったことは事実。


 容赦なしのツナキ後輩が怖いが、何より周囲のぎこちない笑みがつらい。

 ツナキの肩越しに、苦笑するシンゴ店長の姿……。


 だめだ完全降伏だ。


「すんません仕事しますっ!」


 ハスミは今度こそ遅れを取り戻すためモップを高速で動かした。


 こういうキャラ。で、ずっとやってきたから真正面から怒られるとしょげてしまう。

 しかも入社して間もない後輩に。


 ハスミが百パーセント悪いのはわかっている。


 多少迷惑がられても大体みんな笑ってくれるし、丁度良く周りの可愛い系女子の引き立て役になれるし、いっか、と思ってきた。


 真剣に熱心にばっかりしてるのは、キツい。


 自分が笑われるより迷惑がられるより、空気が張り詰めているほうがハスミは耐えられない。


 でも、ツナキは本気で嫌がった。どういうことなんだろ……?


 ハスミが今日までに獲得した処世術の敗北だった。


 あー、うー、ツナキの前だと素の根暗が噴出しそう……。


 彼を「苦手な後輩」にカテゴライズした直後。


「俺、言い過ぎっした。すんません」


 ツナキがぶっきらぼうに、その奥に罪悪感を見え隠れさせて、謝ってきた。


 自分の言い方がきつかったことに気づいて、彼なりに反省したらしい。


「あ、うん、あたしもごめん」


 ハスミから三度目の謝罪が返ってきたことが意外なようで、ツナキはわずかに眉間に皴を寄せた。


 ――あ、もしかしてホントに真面目なだけで、あたしを目の敵にしたかったわけじゃない感じ? ってそりゃそうか……。


 根っこの素直さがわかると急にこの後輩が可愛く見える。


 すでに気分完全回復した単純なハスミだった。





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