かえる

1 睡蓮を

※蛙が苦手な方はご注意ください。




「恋愛バイアスってあるでしょ?」


「なんすか?」


 しがないアパレル店員――水田ミズタ蓮水ハスミが水を向けたのは、後輩の川頭カワズ綱基ツナキだ。


「男女で歩いてると、あ、カップルだ、って思っちゃうでしょ?

 これが同性同士だとそうは思わない。でも、男女で友達もありうるし、同性カップルもいるでしょ。


 だけど大多数マジョリティの考えに左右されちゃうわけ。

 それが恋愛バイアス。造語だけど」


「へえ知らなかったっす」


「そうなの? さっきあたしが作ったんだけど」


「じゃあ知るわけねえな」


 軽快にツッコミをくれる後輩。


「なんで知らないのよ、あんたとあたしの仲なのに」


「俺入社三日目。新入社員! 先輩とはじめましての挨拶してまだ三日でしょ!」


 ハスミはまあまあと手をあおがせながら、新入社員ツナキを宥めた。


「あたしは偏見で人を見たくないのね。でも見ちゃってんのよやっぱ。

 だからせめて目を逸らしたくないの、自分の中の偏見意識から。

 自分は偏見なんて持ってないって考えがもう偏見だからね」


「げしゅたると崩壊してきた」


 ツナキがわざと舌足らずに言い、頭を掻く代わりにつるんとしたスキンヘッドをてっぺんから後頭部に撫で下ろした。


 彼は携帯端末を取り出してなにやら検索した。


「……えっと、恋愛バイアスってのはネットにはないっすね。あ、恋愛における確証バイアス? ってのはあるか……」


「あたし別に事実はどうでもいいんだけどね。でも事実、偏見はあるでしょって話」


「あー、それはある、でしょうね……」


 彼は嫌な思い出を振り払うようにスキンヘッドをぺちん、と叩いた。


「そこ、ヒマならこっち手伝って~」


 シンゴ店長の応援要請に、二人で「「はーい!」」と駆け寄った。





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