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わたしと杏子きょうこの出会いは小学生の時までさかのぼる。

わたしは生来の病気がちがたたって学校になじめず、友達もいなかった。それでいいと思っていたし、むしろ煩わしくなくて心地が良かった。

そんな、齢10かそこらの、達観したような童に朗らかな顔を見せてくれたのが、彼女だった。

木枯らしが吹く、秋の昼だったと思う。

窓の外では大きなカナリア色の銀杏いちょうの葉が風に綱引きをされていた。

いつも通り図書館で目的もなく読書をしていると(確かどこかの地域の童話集だったと思う)、いつの間にか杏子が隣の席に座っていた。

濡れ羽色の髪がすらりと肩まで伸びて、くりっとした大きな目に見つめられて、私はどうも居心地の悪さを感じていた。

何せ私は非道い癖毛で、もじゃっとした頭だったし、目は細くて狐のようで。それでからかわれたこともあった。あだ名も相当ひどいものをつけられていたように思う。もう覚えていないけれど。

しかし、それを気にしたことは一度もなかった。

その日までは。


「なに?」


ぶっきらぼうにわたしは言った。


「ねえ、あなたすごい癖っ毛ねえ」


いつものか。と私は思い無視して本に戻ろうとして


「まるで栗色のベルベットが波打ってるみたいで、きれい」


固まってしまった。

べるべっととはなんだろう? いや、そうじゃなくて。

そんなことを言われたのは初めてだった。親にすら言われたことはなかった。

お世辞だろうか? それともからかっているのか。

何となく、そんな感じはしなかった。

初めて会ったはずの相手に言われた言葉は、素直にうれしかった。


「べるべっとって、なに?」

「すっごくきれいな布のこと! ねえ、わたし高木杏子。あなたは?」

「……深津みつ銀子ぎんこ


わたしはこの名前が好きではなかった。

なんだか古臭く感じたし、周りの子たちはみんなおしゃれな名前だったから。

容姿のことについてはそこまで気にならなかったのに、名前のこととなるとどうにもいやな気持になるのだった。

きっと笑われる。おばちゃんみたいだって言われる。鬱々としたこころで相手の反応を待った。

杏子は、「銀子、銀子……」と舌触りを確認するように私の名前を繰り返し呼ぶ。

恥ずかしかった。

その場にほかのに誰もいなかったのが救いだった。


「なんか、おばあちゃんみたいだね」


ほら、言われた。

やっぱりへんなんだ。私の名前。

期待してしまった自分への恥ずかしさと、目の前の女の子に対する失望とで、よくわからないままに泣きそうだった。

うつむいて、本で顔を隠す。


「でも、いい名前! わたしすき!」


言われて、私は杏子の顔を見る。

まっすぐな、大きくて、飴色の、きれいな瞳。薄く桃色の広がる頬。

お世辞でもなく、からかいでもない。それはすぐにわかった。

さっきとは違う意味で鳴きそうだった。

いい名前、といわれたことはあっても、好きだといわれたことはなかったから。


「あり、がとう」


消え入りそうなくらい小さい声で、そういったのを覚えている。

その日から私たちは、友達になった。

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