2
わたしと
わたしは生来の病気がちがたたって学校になじめず、友達もいなかった。それでいいと思っていたし、むしろ煩わしくなくて心地が良かった。
そんな、齢10かそこらの、達観したような童に朗らかな顔を見せてくれたのが、彼女だった。
木枯らしが吹く、秋の昼だったと思う。
窓の外では大きなカナリア色の
いつも通り図書館で目的もなく読書をしていると(確かどこかの地域の童話集だったと思う)、いつの間にか杏子が隣の席に座っていた。
濡れ羽色の髪がすらりと肩まで伸びて、くりっとした大きな目に見つめられて、私はどうも居心地の悪さを感じていた。
何せ私は非道い癖毛で、もじゃっとした頭だったし、目は細くて狐のようで。それでからかわれたこともあった。あだ名も相当ひどいものをつけられていたように思う。もう覚えていないけれど。
しかし、それを気にしたことは一度もなかった。
その日までは。
「なに?」
ぶっきらぼうにわたしは言った。
「ねえ、あなたすごい癖っ毛ねえ」
いつものか。と私は思い無視して本に戻ろうとして
「まるで栗色のベルベットが波打ってるみたいで、きれい」
固まってしまった。
べるべっととはなんだろう? いや、そうじゃなくて。
そんなことを言われたのは初めてだった。親にすら言われたことはなかった。
お世辞だろうか? それともからかっているのか。
何となく、そんな感じはしなかった。
初めて会ったはずの相手に言われた言葉は、素直にうれしかった。
「べるべっとって、なに?」
「すっごくきれいな布のこと! ねえ、わたし高木杏子。あなたは?」
「……
わたしはこの名前が好きではなかった。
なんだか古臭く感じたし、周りの子たちはみんなおしゃれな名前だったから。
容姿のことについてはそこまで気にならなかったのに、名前のこととなるとどうにもいやな気持になるのだった。
きっと笑われる。おばちゃんみたいだって言われる。鬱々としたこころで相手の反応を待った。
杏子は、「銀子、銀子……」と舌触りを確認するように私の名前を繰り返し呼ぶ。
恥ずかしかった。
その場にほかのに誰もいなかったのが救いだった。
「なんか、おばあちゃんみたいだね」
ほら、言われた。
やっぱりへんなんだ。私の名前。
期待してしまった自分への恥ずかしさと、目の前の女の子に対する失望とで、よくわからないままに泣きそうだった。
うつむいて、本で顔を隠す。
「でも、いい名前! わたしすき!」
言われて、私は杏子の顔を見る。
まっすぐな、大きくて、飴色の、きれいな瞳。薄く桃色の広がる頬。
お世辞でもなく、からかいでもない。それはすぐにわかった。
さっきとは違う意味で鳴きそうだった。
いい名前、といわれたことはあっても、好きだといわれたことはなかったから。
「あり、がとう」
消え入りそうなくらい小さい声で、そういったのを覚えている。
その日から私たちは、友達になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます