第15話 もう一人のピアノ好き


「彼が先生の言ってた気になる生徒? 」


 柔らかなハスキーボイスは相澤先生に向けられたものだった。

 気になる生徒?ボクのことだろうか。


「あっ、そ、それは… 」

「咲衣君、だっけ。先生、咲衣くんの事を気に入っててね」

「え、相澤先生がボクの話してたの? 」


 先生は何やらあたふたしながら、「あ、いや、その」としどろもどろになっていいた。


「い、いや、あまりにもボクの授業に興味を持ってくれたのが嬉しくてつい… 」

「それからボクと先生が会う時は、必ず君の話が出てくるもんだからおかしくて」

「ああもう!それ以上言うな!恥ずかしくなるだろおおッ」


 先生がボクの話をしてたのか?確かに皆んなよりはかは相澤先生の授業に興味はあるが、そこまで注目の生徒にされる程でもないのでは…?

 何故先生があんなに慌てているのかは知らないが、どうやら本人は思っている以上に恥ずかしいらしい。


「咲衣君、君があんまりにも相澤先生のツボにハマったから君を気に入ってるんだよ」

「え、先生がぼくを? 」

「ダァアア!それ以上言うな! 」

「ボクが先生にピアノ面白いって言った時の先生の顔、忘れないよ」

「と、とりあえず、二人とも仲が良いんですね」


「そうだよ」「そうじゃない!」と二人の声は重なり、静かな音楽室に響いては反響していた。エコーが掛かったみたいに聞こえた。


「全く、君を話しに介入させるとろくなことが起きない」

「褒め言葉として受け取っておくね。それで、咲衣君は何故ここに? 」

「ぴ、ピアノの音色が聞こえて…それがすごく綺麗で、空から音が舞い降りたように感じました。それで気がついたらここに… 」


 我ながら言い回しが気色悪いと思ってしまった。

 なんだよ音が空から舞い降りるって。意味わからないだろ。


「うああ、ごめんなさい、変な奴って思ってくれて構いません、それより、僕の言葉で不快にさせたらごめんなさい… 」


 後半は思わず目を瞑って言い放った。先輩、どんな顔してるだろうか。

 きっと変なキショイ奴だって思ってるに違いない。

 どんな顔でも受け入れる覚悟はできている、さぁ来いと僕は震える瞼を堪えて目を開いた。


「…え、あ、ありがとう…そんなに言ってくれた人、君以外居ないよ」


 びっくりした。

 先輩は頬を赤らめ照れていた。

 夕日に照らされゆらゆらと揺れる髪に指を絡めながら、先輩は僕の言葉に照れていたのだ。

 こんな、僕なんかの言葉でまるで初めて誉められたかのように先輩は嬉しそうにもう一度「ありがとう」と言った。


「ずるいなぁ、先生も金糖さんの事褒めてるのに」

「なんでだろう、咲衣君の言葉は僕の心を穏やかにしてくれるんだ。そう感じるよ」

「な、なんか恥ずかしいです…けど、喜んでくれたのなら良かった?です… 」


 僕も先輩と話していると心がポカポカしてる。

 なんて言うか、言葉に表せない気持ちになる気がする、ような。

 元々開口一番で直感で声が好きだと思ったのだ、そう思うのもおかしくはないだろうと、自問自答をした。


「ゴホン!さて諸君、下校時間までまだ時間があるようだ。そしてこの場にいるのは音楽に導かれた者のみ… 」

「せ、先生…? 」

「さぁ!語り明かそうではないか!音楽についての素晴らしさを! 」

「あーあ、スイッチ入っちゃった」


 先生は本当に百面相がすごい人だ。

 だがしかし、僕には帰って散歩という最終ミッションが課せられてる。


「あー、先生?とーーーても残念だけど僕帰ったらつむぐの散歩当番だから…」

「咲衣君、今日の課題、一人じゃ難しいだろうから一緒にパパッとやっちゃおうか」

「よろしくお願いしますいますぐ課題の紙出します」

「よろしい」

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