第14話 廊下は走らず小走りで

「いやぁ、二回目の授業はどうだった? なんかすっごく真剣に取り組んでたみたいだけど」


 楽しみにしていた二回目の授業を終え、教室へ戻る途中でほまれ君は話題を振ってくれた。

 前から思ってはいたが、やはりほまれ君は相当コミュニュケーション能力が高いようだ。

 ただ話題を投げつける訳ではなく、伏線回収かの様に答えやすい話題を投げかけてくれる。

 おかげで僕は戸惑うことなく言葉のキャッチボールができているのである。


「ああ、うん。音楽の面白さに今凄くハマっていて… 」

「ええーっ!あの無理難題をふりかけのようにばらまく先生の話が面白いの?! 」


 ほまれ君の言葉の選び方も少々癖があって話してて飽きないのもあるのかな。


「てことはピアノに興味があるの?それともあの音楽理論…? 」


 最後は「マジかよ」と言わんばかりな顔をしていた。

 僕が言うのもなんだが、ほまれ君は顔に出やすくて面白い。


「そうだよ、あのみんなが絶句したような顔をした音楽理論だよ」

「うげぇ、渉君あれが好きなの?物好きだなぁ… 」


 どうやら音楽理論が好きと言うのは側から見れば珍しいらしい。

 まぁ、言われてみれば確かに「私は教科の中で音楽理論が大好きです!」と言う人は少ないのかもしれない。

 少なくとも僕が知る限りでは相澤先生以外会ったことがない。

 つまりそう言う事なのだ。


「まぁでも理論はわからなくても俺も一応Jポップは聞くしなぁ。音楽って幅が広いよねぇ」


 全くもってその通り…コクコクと僕は頷いた。

 そうして雑談をしながら教室へと戻り、普段通り授業を終えた。

 最後の授業が終わり、帰るために下駄箱から靴を取り出しドアを出た。

 するとこの間聴いたピアノの音がどこからか空から降りてきた。

 その音色は今日受けた音楽室から溢れている。誰かが音楽室でピアノを弾いているのだ。

 前はそのまま帰ったが、演奏者が気になった為僕は踵を返しまた上靴に履き替えた。

 足早に音楽室へと階段を駆け上がっているせいか、何故かいつもより心拍数は上昇しているのを感じる。

 もしくはその音に惹かれて早くそれを確かめたくてワクワクしているのだろうか。

 極力静かに音楽室へと走り、ゆっくりと防音室のドアを開ける。


 空から降ってきた音が体全体に響き渡った。

 蓋を大きく開けたグランドピアノから溢れる音は、今まで聴いた音の中で一番迫力があった。

 耳だけじゃなく五感で伝わる綺麗で真っ直ぐで、とても儚かない。

 中学校で聴いたピアノがおもちゃのようにさえ感じる。


 パタリとドアが閉まると同時に音楽もピタリと止んだ。

 閉まった、と僕は額から血の気が引く。いきなりやってきてなんだコイツだと思われてしまったかもしれない。


「あ…、窓、閉め忘れてたんだ。君、二年生? 」


 柔らかな声色をした女の子の生徒だろうか、制服を着ている。


「ご、ごめんなさい。勝手に入ってきてしまって…。二年の咲衣渉です… 」

「ふーん、そうなんだ。ピアノの音色に惹かれてきたの? 」


 そういえばそうなんだけど、なんか、独特な喋り方する人だなぁ。

 おっとり流れるハスキーな声色…。おしゃれなバーで流れてるサックスみたいな感じ。

 なんだか凄く落ち着くなぁ。

 ってなに呆けてる場合じゃない!

 僕は慌てて「そうです、つい…。すみません」と早口に答えてしまう。


「そんなかしこまらなくていいのに、私は金糖読未こんどう よみだよ。君の一つ上の三年生だ、よろしく」

「よ、よろしくお願いします… 」


 彼女のいう通り、青いネクタイと上履きがそれを三年生だと主張していた。

 そんな中、言葉に詰まってるのは実は渉だけでなく、先生もその一人だったらしい。


「こ、金糖さんと咲衣くんが話してるだと…?!しかもピアノ関連…!?尊…!」


 最も、別の意味で言葉に詰まっていたらしいが。

 金糖先輩が言い出さない限り永遠に僕は気が付かなかっただろう

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