第8話 相澤センセイ爆誕


 脱兎のごとく駆け出した彼に驚いたが、愛犬に振り回され遠くなっていく背中に、相澤は今は疎遠の幼馴染を思い出し、懐かしさを感じた。



 *



 転入生が来るとは会議で聞いていたが、まさか自分が受け持つクラスに来るとは思っていなかった。


「相澤先生のクラスなら穏やかで優しい子達が多いから、すぐに馴染めると思うのだが… 」


 いやいや、極度の人見知りな自分にはいささか荷が重すぎる。

 これはあくまでも提案に過ぎない。故に自分にはノーと断る事もできるのだ。

 あからさまに嫌だと顔に出ている自分に校長は浅くため息を吐いた。

 流石に大袈裟すぎただろうか。でも無理だ、怖いもの。

 詳細も聞かずに「検討してみます」と言おうとする自分を制止するかのように「まぁそう焦らずに」と校長は話を続けた。


「相澤先生、まだどんな子かも話してないじゃないか。それに私もちゃんと君の性格を理解しているよ」


 駄々をこねる子供をあやす様に優しい声色で話す彼に、相澤は仕方なく吐き出そうとした言葉をもう一度飲み込んだ。

 完全に校長のペースに流されている。

 こうなるともう自分は逃げる事ができないのを分かってやっているのだ。

 とてもタチの悪い、もはや詐欺師の手口の様なやり方だと思ったのは、口が裂けても言えない。


「この書類に転校生、咲衣渉君の詳細が載っているから見たまえ」


 大人しく書類を受け取って目を通す。なるほど、彼は転勤族だったのか。

 道理で転校が多い訳だ。

 記載されている文字を追う目がふと止まる。そこは備考の欄だった。

 相澤はそこから先を読まずに校長に告げた。


「自分がこの子を受け持ちます」


 自然と喉から出たその言葉は、自分でも驚くほど誠意に満ちていて、思わず恥ずかしくなる。

 青春漫画の先生かよ、なんて思う程に。

 校長はその真っ直ぐな言葉に少し驚いたが、何故か誇らしげに笑った。


「教師だ」

「えっ? 」

「君の今の顔、いや、姿だよ。立派な教師の姿をしている」


 自慢の弟子だと言わんばかりに嬉しそうに笑う校長を見て、教師としての成長を実感した。

 断ろうと思っていた自分はもうそこには居なかった。

 代わりにそこには校長が言っていた「立派な教師」の自分が居た。


「生徒をより良い者にしようと思うのに、少しも時間は掛からない。それの何と素晴らしい事か」


 言われて初めて気が付いた。

 生徒を、咲衣渉という生徒を良い方向へと導こうと思った。

 そのために時間が掛かる事なんて無いんだと、頭では無く心で理解した。


「というわけで、この子は君のクラスに入れて良いんだね? 」

「はい、もちろんです」


 相澤はハッキリと、真っ直ぐな瞳で承諾した。


「よし、じゃぁこれで決まりだ。よろしく頼むよ。相澤







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