第7話 リードを持つ時は気を抜くな

「もしかして、相澤先生? 」


 おそらく百八十センチ以上ある背丈がベンチの後ろから見えた。

 なんでこんなところに…。


「えっ…?え、あ、咲衣君⁉︎どどどうしてここに」


 やっぱり僕と話す時は丸きり別人のような喋り方だった。

 授業の時は普通なのに、どうしたんだこの人。


「今朝、初めて会った時から思ったんですけど、もしかして先生って極度の人見知り…ですか? 」


 直球に聞いてしまった。しかし答えはイエス以外ないだろう。

 教師をしてる相澤先生と本来の相澤涙さんで切り替えるタイプの人なんだろう。


「あ〜、はは…。恥ずかしながら…」


 果たして、相澤先生は耳を赤くしながら目を合わせたくないと言わんばかりに俯いた。

 人見知りのテンプレのようだった。

 しかし意外だった。授業してる時は割とギャグ線寄りの印象を受けたが、人は見かけによらないもんだなぁ。


「でもなんでこんな所に?先生も散歩ですか? 」

「まぁ、そんなところ… 」


 言いながら相澤先生は目線を下に落としてつむぐを見た。その瞬間先生の額がサァッと青くなっていくのが僕でも分かった。


「オワーーッッ!!い、いぬ!犬ダァ!咲衣くん犬飼ってるの⁉︎ 」


 誰もいない公園に響き渡る相澤先生の悲鳴はよく響いた。

 思わず僕もつむぐもフリーズする。

 しかし生まれたての子鹿のように震える姿を見てすぐに正気に戻る。


「せ、先生もしかして犬苦手なんですか…? 」

「ウッ、ご、ごめん…取り乱して…。か、噛んだりしない?大丈夫?凶暴じゃない?」


 怒涛の質問に狼狽えながらも「大丈夫ですよ」となんとか宥めて再び会話が出来るくらいまでには先生を落ち着かせた。

 まさか先生がこんなに犬恐怖症だったとは…。並々ならぬトラウマでもあるのだろう。

 しかし、今先生が怖がっているのは凶暴性のかけらもない、生後数ヶ月の可愛い子犬なんだけどな。


「犬には怖い思いをした事がなくてね…。あ、なるほど散歩ルートなんだね」

「はい、ここ人が少なくて散歩に最適なんです。先生はよくここに来るんですか? 」

「残業がない時は帰りにここでよく缶コーヒー飲んで一休みしてから帰るのが日課でね」


 確かにここの公園は道沿いにあるし、入り口に自販機があるので休憩には最適な場所だろう。

 なんとなく、立ち寄りやすい雰囲気があるのは気のせいか?秋と通り越して風が公園へ誘うように園内をざわつかせた。

 僕は先生の反応を見つつ、つむぐのリードの持ち直して先生に「少し歩きませんか? 」と誘ってみた。


「な、名前なんて言うの?犬さん」

「犬さん…、ふふ。つむぐです。男の子ですけど、すごく頭がよくで穏やかですから、安心して大丈夫ですよ」

「あ、ああ、そうなんだね。それはすごく安心したよ。それじゃ少し付き合おうかな」


 頭はいいんだろうけど穏やかではないな。ごめんなさい先生。


 相澤先生がベンチから腰を上げて関節をボキボキ慣らしながら背伸びをした。

 音がえぐいな。普段どれだけ椅子に座ってるのか想像が付く。


「じゃぁ、お言葉に甘えて、僕の散歩に付き合ってくれるかな」

「はい、こちらこそです」


 今日はつむぐは猛ダッシュで走り出すようなことはしなかった。

 やっぱり空気が読めるやつだ。まぁ、本来猛ダッシュでやるのは散歩ではないだろうけど。

 これが普通の散歩なんだなと改めて思ってた。


「そういえば今日の音楽の授業、前の学校では選択科目には無かったみたいだけど、着いていけそう? 」

「正直まだ全然わかんないです 」


 僕は素直に言った。


「でも、音符の計算とか記号問題とか、すごく面白くてもっと学びたいなって」

「咲衣君…!君音楽に興味あるの⁉︎中でも僕の一番好きな楽典かよ!最高すぎでしょ! 」


 よほど興奮しているのか口調がいつもより砕けていた。

 彼の音楽好きに、僕も俄然興味が湧いた。


「咲衣君、大丈夫!僕が授業についていける所まで教えてあげるから!僕が空いてる時間だったらいつでも大丈夫だよ」


 なんとも心強い方だ。これなら僕でも授業に追いつけるかもしれない。


「あ、ありがとうございます!僕すごく嬉しいです!そうだ、相澤先生はよくここの公園来るんですよね? 」

「ああ、うんそうだよ。あ!なるほど、散歩がてら僕に教えてもらおうってことだね? 」


 相澤先生は悪戯っぽく笑いながら承諾してくれた。

 ゆっくり歩いてるせいか、つむぐはつまらなさそうに尻尾を下ろして先頭を切っていた。

 そろそろ全力ダッシュしたいんだなと思い僕は先生に「今からつむぐと全速力鬼ごっこしてきます」と、意味不明な言葉を残そうとした瞬間、リードは風の速さでグンッと引っ張られ僕は覚悟を決めた。


 後ろから見るつむぐの口角は上がっていた。

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