野営 2
今から街へ引き返そうとすれば、山道で日が落ちることになる。山道は明かりもない上に、足場も悪い。怪我をしている
イルギネスも
「いぎゃああっ! 無理っ! もう無理っ!」
「これくらいでヒーヒー言ってんじゃ、まだまだだな」
驃は手伝いながら面白がるように言ったが、啼義は本気で辟易していた。今日は朝から、痛い目に遭ってばかりだ。
やっと苦行が終わり、一応の処置を済ませた傷口に注意しながら服を着直すと、疲労感がどっと押し寄せた。息をついた啼義がふと隣を見上げると、イルギネスが辺りを見渡して、顎に手を当てて何か考えている。
「イルギネス?」啼義の呼びかけに、彼はぼやいた。
「腹が減ってるが、食べれそうな物はなさそうだな。川で魚を獲るにももう暗いし。今夜は仕方ないか」
「あっ、それなら」
啼義は横に置いていたザックに手をかける。
「俺、持ってるよ。街を出る前に買ったんだ」
「え?」
彼はザックを漁って乾物の袋を取り出し、二人に見せた。
「突発的な行動かと思いきや、そこまで頭が回っていたとはな」短時間にしては抜かりない準備をしていたことに、イルギネスは呆れながらも感心した。
「頭の回転の良さを発揮する場所は、間違っているがな」
「うん……」
褒められた行動でないことは間違いない。バツが悪くなって、啼義は肩をすくめた。イルギネスは半ば苦笑しながら、乾物の袋を手に取る。
「まあ、大したもんだ。酒がないのが残念だが」
驃も頷いた。「本当だな。こういう物は酒に合うのに」
「……」今度は、啼義が呆れ顔になった。
<こんなところでも、酒を飲む気なのかよ>
ほどなくして日が落ち、夜が訪れた。
三人は野営地とした地面を
魔物に遭遇したばかりの夜だというのに、男ばかり三人での野宿は和やかなものだった。
イルギネスが茹ている乾物を木の枝で混ぜながら、
「しかし
と愉快そうに言うと、驃は驃で、
「剣はサブもあるし、お前が斬り込めばいいと思ったのさ。あれで実際、やりやすくなっただろう」と得意げに返している。イルギネスは、にんまりと口の端を上げた。
「ああ。おかげで風の気を付与する余裕もできた」
二人のやりとりを聞きながら、
「ああいう作戦は、いつ立てておくんだ?」
「作戦?」
二人は顔を見合わせ、揃って悪戯っぽく笑う。その笑顔の少年っぽさたるや。
「そんなもん立ててないさ。その場の判断ってだけだ」
「えっ?」驚いた啼義に、イルギネスが付け足す。
「そんな時間が、あったように見えるか? 予知できるものでもないしな」
言われてみれば確かにそうだが──申し合わせなくても、あんなにも阿吽の呼吸で動けるものなのか。
驃が立ち上がり、身体を伸ばしながら啼義に聞いた。
「そういや啼義。お前こそ、あの魔物はどうやって倒したんだ?」
イルギネスも、手にした煮干しを口の前で止め、興味深そうな視線を啼義に向ける。
「俺たちが来る前に、一体ぶっ倒れてただろう。ちょうど、魔石が埋まっている部分で一刀両断、しかも綺麗に灼き斬れていたぞ」
「え、そうだったのか」
「そうだったのかって……覚えていないのか?」
「なんかもう、すぐに次の奴が出て来たから……必死で」
啼義は今初めて、自分の倒した魔物がどういう状況なのか知ったのだった。何せ、ホッとしたのも一瞬で、もう一体が現れたあとは、絶体絶命すぎて記憶が飛んでいる。それでも少し頑張って、記憶を掘り起こしてみた。
「アディーヌの言葉を思い出して……心臓に意識を集中したような……気がする」
「それで?」
「うーん……鼓動の音だけが、すげえでっかく感じた。そしたら体の内側から、熱っていうか、熱くなって……全部がゆっくりに見えたんだ」
その時のことを、ゆっくりと思い返す。
「で、自然にこう、腕が動いて──斬った時は火花が眩しくて、よく見えなかった」
とりとめのない説明に、驃が唸った。
「ただ剣で斬ったってわけじゃないことは、確かだな」
イルギネスが、考えを巡らしながら、口を開く。
「普通の剣では、あんなふうには斬れない。魔気の付与と似ているが──おそらく竜の加護の発動に、成功したと考えて良さそうだな」
すると、驃が嬉しそうに手を打った。
「それなら
「え?」
きょとんとした啼義の背を、イルギネスが軽快に叩く。
「そうだな。やったぞ啼義!」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……それにまだ、全然……」啼義は実感が湧かずにもごもごと答えたが、二人の耳には届いていないようだ。
「乾杯だ!」
「コップがないな。まあいい、拳で行こう」
啼義はまた呆れ顔で二人を見つめながら、それとは裏腹に急に瞼の裏側がじわっと熱くなって、慌てて感情を引っ込めた。
<なんだよ。二人とも、自分のことみたいに喜んで>
嬉しいじゃないか。
「ほら、啼義」
イルギネスと驃が、握った拳をコップに
「う、うん」
少し照れくさい気分になりながら、同じように拳を構えると、イルギネスが音頭をとった。
「乾杯!」
「乾杯っ!」
三人は一斉に、拳を高々と掲げた。
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