手繰る真実 2
夕飯は和やかなものだった。
<料理、上手いんだな>
黙々と肉料理を頬張りながら、啼義はリナの方を見た。彼女はアディーヌと今日の報告をしあっている。
「お昼すぎに、シーファン様がお見えになったので、いつもの薬草をお渡ししておきました」
「ありがとう。経過は順調かしら?」
「とてもいいそうです。よろしくお伝えくださいって」
「よかったわ」
啼義は皿に料理をとりながら、会話の途中でころころと笑ったりして変わるリナの表情を、なんとはなしに目で追っていた。
食事が終わってからも、アディーヌが持ち帰った焼き菓子と、茶を並べたテーブルを囲んで、和やかな時間は続いた。そこで少し、アディーヌとリナの話になった。
アディーヌは、五十歳を迎えた約三年前にイリユスの神殿を出て、自分の故郷であるこのミルファで、薬師と治癒術を用いた治療院を開いたそうだ。リナがここに来たのは半年前。一昨年、神殿併設の魔術師養成学校に入ったものの、全く馴染めなかった彼女を、ちょうどイリユスに訪れていたアディーヌが連れ出したのだという。
「私、落ちこぼれだったの。自分でも、自覚はあったけど……」
リナは、先ほどよりは吹っ切れた顔で言う。だが、
「ある日ね、みんなが笑ってるのが聞こえちゃったの。才能ないよねって」ちょっとだけ寂しそうに顔を伏せた。
劣等感の原因はそれか、と啼義は解釈した。大勢の中でそんな言われ方をしたら、さぞかし居心地が悪いだろう。自分も
「なんだよそれ」苛立ちはそのまま、言葉に出た。
「とんでもねえな。ちょっとできねえからって馬鹿にするなんて」口に出したら余計に腹が立ち、抗議の言葉が続けて出てくる。「うるせえって蹴散らしてやれば良かったのに」
啼義にしては饒舌になっている様子に、隣のイルギネスが「お?」という顔をしたが、本人は気づいていない。正面にいたリナが気づき、何か言おうとしたが、一歩遅かった。イルギネスはにんまり微笑んで、唐突に言った。
「随分ムキになるんだな、啼義」
「──え?」
啼義は、今さら自分の言動に驚いたように固まった。
「な、なんだよ。……だって、人のこと笑うとか、むかつくじゃねえか」
後ろめたいことなどないのに、イルギネスの笑みに妙な空気を感じ、啼義は
「ああ、そうだな。俺も、リナはアディーヌ様のところに来て、良かったと思ってるよ」
青い瞳が、悪戯っぽく笑っている。言葉になっていない何かを感じるが、その正体が掴めず、啼義の顔に警戒の色が浮かんだ。
「そんな顔するな。なにもしないよ」
イルギネスは相変わらず笑顔だが、啼義は渋面になった。
<なんか知らねえけど、絶対面白がっている>
リナを見ると、困ったような顔をしている。だが目が合った途端、なぜか互いに逸らしてしまった。啼義は釈然としない。なんでこんな空気になっているんだ?
しかし、緊張が走ったのは二人の間だけで、周囲では何事もないかのように会話が続いた。
イルギネスが「こいつ、こんな雰囲気なのに、甘い物に目がないんだぜ」と驃をやんわりと指差した。言われた方は「こんな雰囲気とはなんだ」と返しながらも、骨張った逞しい手で次の焼き菓子を口に放りこんで、確かに幸せそうだ。昨晩もそうだったが、長年の親友同士の二人のやり取りは、なんだかんだ阿吽の呼吸で、少し羨ましい。啼義はぼんやり、
やがて、皿の上の菓子も尽きてきた頃──
「ところで、啼義」イルギネスがあらたまった様子で、切り出した。
その視線を一瞬、驃に流す。驃が察して、黙ったまま頷いた。
「ひとつ、報告がある」
イルギネスが、啼義の目を真っ直ぐに見つめる。「何?」
口を開いたのは驃だ。「お前の出自が、わかった」
「出自?」
突然出てきた単語の意味を図りかねて尋ねると、イルギネスが続けた。
「本当の生誕日と、ディアード様たちがつけた名前だよ」
予想もしない内容に驚いて、啼義は言葉を失った。本当の──
「生誕日と、名前?」
鼓動が、胸の内で速まるのを感じた。イルギネスの目は、無言で問うている。今、聞きたいか、聞きたくないかと。
<一生、知ることなんてないと思ってた……>
生誕日も名前も──自分にとってのそれは、拾われた日と、
だがそれ以上に──知りたい気持ちが勝った。
僅かな逡巡のあと、啼義は口元を引き締め、彼の瞳を見返した。
「聞きたい」
イルギネスは、静かな眼差しで啼義の黒い瞳を探るように覗きこみ、優しく目元を和ませた。
「分かった。じゃあ、今から話そう」
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