手繰る真実 3

 アディーヌが「ここは、三人でお話しした方が良いでしょう」と、リナと一緒に皿や茶器などを片付けるために席を立ち、テーブルには、啼義ナギ、イルギネス、しらかげの三人が残った。

 イルギネスが啼義の隣の席に移動し、三人はあらためて向き合う。

 啼義が、自分から何か言うべきか悩んでいると、イルギネスが沈黙を破った。

「この情報は、驃が持ってきたんだ。俺たちは、ここミルファから北上した分かれ道の先で、別々に行動していたのさ」

 驃が、テーブルの上に乗せた手を組み直し、少し身を乗り出して口を開く。

「俺は、ダムスと山を挟んで西側の、カルムという村に行ってたんだ。そこで聞きこみをしていたら、ディアード様を知る人物に会えた。でも正直……嬉しいだけの話ではないと思う」

 啼義の目を見つめ、驃は一度、言葉を切った。その赤い瞳に、複雑な感情がちらついている。啼義は不安を覚えたものの、なんとか自分を励ましてしっかり見つめ返した──それでも、聞きたい。驃は彼の意志を汲みとった。ならば、一気に話そう。


「まず──お前が生まれた集落は、ドラグ・デルタの噴火で流れ出た火砕流で、消滅している。本当の両親は、おそらくもう、この世にはいない」


「──」

 薄々分かっていたこととは言え、その事実は重く胸を打った。啼義は息を飲み、ふうと吐き出す。「そっか」様々な思いが渦巻いたが、口から出たのは、そのひと言だけだった。

 驃は、その目に何かの感情をよぎらせたが、啼義の心の動きなど敢えて気に留めていないかのように、再び話し始める。

「俺が話を聞けた人物は、噴火当時、その集落からたまたま出稼ぎで離れていて助かったんだ。でも──お前が生まれた日のことは、よく覚えていたよ」

 驃の声が、温もりを帯びた。自分の持ってきた情報は、辛い事実だけではない。今突き落とした青年の気持ちを、早く救ってやりたかった。

「……俺が、生まれた日?」

 驃が頷く。その表情は優しい。

「山間部の、燈翔とうしょう祭って知ってるか? お前は、その日に生まれたんだそうだ」

 燈翔祭──それは秋、トウの月の十八日に、その年の収穫への感謝と、翌年の豊作を願って開かれる祭りだ。羅沙ラージャの地域でも行われていた。啼義も昔、やしろの近くの集落へ、世話係や侍従と共に出かけたことがある。

「あの祭りの……そんな日に?」

「ああ」驃は微笑んだ。「みんな、二重にめでたいって喜んで、たいそう盛り上がったそうだぜ」

 レキに拾われたのは春先と聞いている。首も据わって、身体の大きさから、おそらく生後半年ほどだろうという推測だけが、自分の出生の手がかりだった。逆算すれば、夏から秋のどこかだろうとは考えたことがあったが……まさにもうじき、その日が来る。

 イルギネスが隣で「もうちょっと先だったかって、思ったよ」と呟いた。

「え?」いぶかしむ啼義に、彼は苦笑する。「まだ飲酒は早かったな」

「そんなことかよ」啼義は呆れた。昨夜、酒場で酒を飲んだことだ。だが心は少し軽くなり、先を聞く気持ちが整った。

「──名前も?」

 驃は確認するように啼義の顔を見てから、答える。


翔樹トキ、だ。燈翔祭の翔と、大樹のように大きく育てって、樹の東字あがりじを付けられたそうだ」


「翔樹……」

 啼義は、身体の深いところが熱くなるのを感じた。自分は、生まれたことをちゃんと祝われ、名前も授かっていたのだ。捨てられたわけでは、なかったのだ。そう思った途端──

「啼義?」

 突然、唇を震わせて俯いた啼義を、驃が呼ぶ。啼義は何も言えずにかぶりを振った。

「……俺」

 喉の奥が詰まる。突き上げるように熱い感情が、胸の内をほとばしった。


「俺──生まれて来て、よかったんだ」

 

 自分は、望まれて生まれて来たのだ。その喜びが今、全く想像もしていなかった形で自分を揺るがしていた。こんなにも嬉しいのに、戦慄わななきのような震えが身体中を駆け巡り、どう対処したらいいのか自分でも分からない。

「ちょっと、ごめん」

 やっとの思いで立ち上がり、みんなの視線から逃れるように部屋を出た。そのまま、吹き抜けの庭に続く扉を開ける。

 外の風が、濡れた頬を優しく撫でた。扉を閉めて背にして寄りかかると、涙がぽたぽたと頬を伝って地面に落ちた。啼義は唇を噛み締めた。

<泣かないって、決めただろ>

 イルギネスの胸で泣いた、あの日に。

 溢れた涙を今一度、拳でがしがしと乱暴に拭って、無理やり上を向いた。見上げた空は、もうすっかり夜の藍色に変わっていた。

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