第119話「アルレース飛ぶ」

騎士の一人がクランクを回し、フライホイールは唸りを上げ始める。



「そろそろかな」



アルレースは操縦席から腕を伸ばし、クランク係の騎士に退避の合図を送る。

説明書に従い電気系統のスイッチを入れたアルレースは次に動力エンジンに接続をした。



接続コンタクト


キュンキュンキュン ババッ ババババババババババババ


咆哮とも見紛う凄い音と振動でプロペラは回転し始めた。

少しだけスロットルを引くと回転と振動、風圧は増す。



「期待が高まりますね」

「私の空中感覚が戻れば良いのですが」



後部座席に搭乗しているアリエットはワクワク感が抑えきれない様子。

甲板上では騎士団がクレーン操作をする。



「良し、クレーンを下ろせー」


「応! スラー下げスラー下げ



アルレースの号令で零式観測機は海上に下ろされ、フックが外される。

波に揺られるが、転覆するほどじゃない。


動力エンジン出力を上げて行くと、零式観測機は動き出す。



「動いた! 動きましたよ」

「まだまだこれからですアリエット」



零式観測機は舵を切り、戦艦武蔵の後方に進路を取った。

アルレースは更に動力エンジン出力を最大に上げ、操縦桿を徐々に手前に引く。

機体は徐々に速度を上げ、やがてフロートが海面から離れだす。



「うーん、良い感じだけど、フェアリーの飛び方と大分違いますね」

「そうなんですか?」

「ええ、フェアリーの羽は虫の羽と構造が似ていましたから、空中を自由自在に飛べるのです」

「やはり体験者は違いますね」

「この飛行機は機敏ではありませんが、十分に空戦もこなせましょう」

「それは心強いですね」



海面から離れた零式観測機は上昇した後、旋回し、戦艦武蔵の後方に進路を取り、高度を落として行く。

動力エンジン出力を弱め、着水する事になるが、衝撃を抑えるために、なるべく機体を水平に高度を徐々に落とす。

着水すると同時に衝撃が来るが、衝突のような激しい衝撃ではない。

海面の抵抗で零式観測機は速度がどんどん落ちて行く。


アルレースは舵を切りながら、弱い動力エンジン出力で戦艦武蔵に寄せて行く。

そして動力エンジンを停止させると、プロペラもバルバルバルバルバルンと止る。



「これは、なかなか難しいものですね」



クレーンの真下に着けれれば良かったが、そうも行かなかったようだ。

真下までは10m以上ある。

アルレースは艦上から投げられたロープを掴み、手繰り寄せて行く。

十分な位置まで来たら、クレーンのロープを手に取り、フックを手繰り寄せ、零式観測機と繋ぐ。



「フック良し!」「ゴーヘイ上げ」「ゴーヘイ上げ」「ゴーヘイ上げ



後はクレーンで吊り上げ、所定の位置にセットするだけだ。


アルレースとアリエットは、零式観測機から降りる。



「アルレース大将軍、お見事でした」


「皆には飛行経験が無いから、操縦は禁止するように」

「研究班は弾薬装填方、整備法を検討せよ」


「はっ!」


「私と副官はこれより、女神ヒルト様にご報告に上がる」


「行ってらっしゃいませ!」









「ええぇぇ~、アルレース、本当に飛んじゃったの?

 で、大丈夫だった?」


「はい、私には過去、飛行経験が御座いましたので。

 これで更なる戦力増強になるかと思っております」



まぁ、確かに妖精の世界で飛び方を教わったけど。

妖精と飛行機じゃ飛び方はぜんぜん違うと思う。

けど、何とかなったんだ。



「まだ軽く離着水しただけですが、練習を重ねれば空戦も大丈夫だと確信しています。

 ただ、かなりの兵器と思いますので、秘密兵器扱いが妥当かと」


「秘密兵器扱いかぁ」



戦艦武蔵自体がチート兵器だから、今更と思えなくもない。

でも、アースガルドにはまだ航空兵器は存在しない。

だから秘密兵器扱いというのも妥当な線だろう。



「解った、そうしよう」


「ヒルト、秘密兵器と聞こえましたが、詳しく説明しなさい」



アルレースの話が終わったタイミングで、フレイヤ様が室内に入って来た。


ワルキューレ総統括責任者のフレイヤ様だから、武器関係に興味があるのだろう。

フレイヤ様は私と違って、戦うワルキューレでもある。性格悪いけど。



「はい、私の船の装備について報告を受けていたんです」


「あぁ、あの化物船の事でしたか。

 私も乗船して見学してみたいものですね」


「わかりました、アルレース、フレイヤ様をお連れして」


「ヒルト、貴女も来るのです。

 黄金騎士団の最高責任者が不在でどうします」


「わかりました、お供します」



私はまだ黄金騎士団責任者に正式に任命はされていない。

正式任命の辞令が下りるのは、黄金騎士団専用『戦士の館ヴァルハラ』が完工後だ。

しかし黄金騎士団は私以外に従わないから、実質責任者と言われても間違いじゃない。



「ヒルトさん、何処かへ行くんですか?」


「うん、フレイヤ様のお供で戦艦武蔵の視察に」


「なら私も一緒に付いて行って良いですか?」

「わたしもー」



何仙姑かせんことジブリールも付いて来ると言い出した。

二柱ふたりは既に乗ってるんだよね。

でも、余りにも巨大な戦艦だから隅々まで観れた訳じゃない。

フレイヤ様は二柱ふたりの同行を立場上、無碍には断れない。






私達は戦艦武蔵を停泊させている港に向かう。

余りにも巨大な戦艦だったから、埠頭ふとうを延長したり、

港の底を浚渫しゅんせつして深さを増す工事が行われたのだ。


戦艦武蔵に乗艦するためのやぐらも建てられた。

高さがあるからヴァイキングのロングシップのようには乗船出来なかった。

そのためにある程度高い所から桟橋を懸けるしかない。

前回私達は縄梯子を使ったけど、それでは便利じゃない。



「うわぁ、近くで見るのも凄いけど、上がってみると尚荘厳ですね」



彼方此方あちこちに機銃の小部屋や防弾板が目に付き、見上げれば司令塔や煙突が見る者を圧倒する。

艦上では数名の黄金騎士団が働いているのが見える。

私はフレイヤ様をまず司令塔に案内する事にした。

そこには武蔵くんがいるはずだ。



「では、こちらに」


「これまた重厚な扉ですね」



騎士団員によって開けられた扉は、防水扉でかなり厚みがある。

艦内の階段を何階かあがり、やがて指令室に到着する。

そこには先触れから報告を聞いた武蔵くんが敬礼で迎え入れてくれた。

戦艦武蔵は、紛れも無く『軍艦』そのものである。



「あの少年は?」


「彼はこの戦艦の船魂ふなだまです」


船魂ふなだま?」


「ようするに戦艦の魂で、意思が具現化したのが彼です」


「戦艦の魂、つまり、この船は生きているという事ですか?」


「まぁ、そういう事かも知れませんね」


「この船も貴女に仕えているのですね?」


「それは彼に聞いてみないと」


「僕はヒルト様の船です」


「だそうです」



武蔵くんも元の世界と異なるアースガルドで孤独なのかも。

ヴァイキング達の乗るロングシップには船魂ふなだまが無い。

だから余計、私に寄り添ってくれるようだ。

今更見知らぬ他の者の下に就きたくないのだろう。



「なんと羨ましい。

 私もこういう無敵の戦艦が欲しいですね。

 でも、私の物にならないのでしょう?」


「誰に何と言われても、僕はヒルト様の船です」


「残念だ事……。

 貴女を私の下から絶対に手放してはなりませんね。


 ヒルト、貴女は私の館の中で好みの男性はいるかしら?

 何なら外部のでも構わないけど」



うわ、露骨な抱え込みが来たよ。



「いえ、私はそういうのは」


「今はまだ興味が無いのでしょうね。

 はべらすにも良い物ですよ、男性は」



いやいやいや、私はフレイヤ様と〇姉妹にはなりたくないんで。


フレイヤ様は私を配下にする事で、戦艦武蔵も黄金騎士団も同時に手に入れているのと同じ事になる。

それが明らかなら、悪いようにはしないだろうと期待したい。

この後、彼女は存分に艦内を視察して帰途に就いたのだった。

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