第108話「ヒルトの帰還」

「ただいまー」


「ヒルト、お帰り。

 随分長い事旅に出てたねー」


「そんなに長かった?」


「もう帰って来ないじゃないかって心配だったよ。

 何で百年近く旅をしてたのさ。

 それで、お連れの方達は誰?」


「旅で知り合ってお世話になったんだ」

何仙姑かせんこです」

「ジブリールですの」


「ヒルトさんはこういう部屋に住んでいたんですね」



社員寮の二人部屋はそれほど広くはない。

六畳間程の室内にベッドと荷物入れのクローゼットが二人分備え付けられている。

この狭さは刑務所並みかもしれない。

調度品も殆ど無く、女子部屋というには殺風景と言うしかない。



「ヒルト、お世話になったは良いけど、連れて来てどうするの」


「ちょっとの間お世話お願い」


「あのねぇ!」


「私達の事はお構いなく」



何仙姑かせんこは壁に手を当てて異空間を創りだした。

壁にはいつの間にかドアが付いている。

そして振り向き、迷惑料代わりに崑崙仙界で買った沢山の果物や、中華街で買った饅頭や月餅などを差し出した。



「ヒルトさんが落ち着くまでの間ですけどお世話にならせて下さい。

 これは旅のお土産の御裾分けですけど」


「え? こんなに沢山頂けるんですか?」


「ご迷惑のお詫びですから」


「まぁ、そういう事なら……」



どの果物もここらでは手に入らない物ばかりで、実に美味しそうな香りが漂っている。

これは甘味好きなら、絶対に断れない。

ルームメイトのイリーネは差し出された供物に、目を白黒させながら頷くしかなかった。



「イリーネ、亜空間収納の魔石は役に立ったよ。

 ありがとね。

 中に私からのお土産が入ってるから」


「役に立ったなら、良かったね。

 つか、あんた、荷物はどうしたの?」



見ればヒルトが出発時に持っていたリュックや剣、鎧兜は持っていない。



「旅で収納の能力を手に入れたから」


「そうなの……」


「私は二柱ふたりの謁見届を出して来なきゃならないから、行ってくる」


「謁見届って?」


「異世界の方々だから、オーディン様にご挨拶しないとね」


「まぁ、そうかもしれないけど」



単なる旅行者がわざわざ主神オーディンに挨拶しに謁見しなければならない理由は無い。

なぜそんな事が必要なのか、イリーネは首をかしげるばかりだ。


ヒルトはそのままワルキューレ輜重輸卒部エインヘリヤル福利厚生課担当部署職員施設に向かってしまう。



「お客さんを置いたままで良いの?」


「私達の事はお構い無しでお願いします」



何仙姑かせんことジブリールは壁のドアを開け、隣の部屋に入ろうとする。



「え? 隣の部屋に行くんですか?」


「隣の部屋じゃないですよ」


「だって、隣には別の者が住んでるんですよ」


「大丈夫です。

 何ならご覧になりますか?」


「え? なにこれ」


「私達はこちらで寛いでいますから」



何仙姑かせんこに誘われ、ドアの向こうを覗いたイリーネは驚いた。

寮の隣室は自分達の部屋と変わらない筈。

なのにドアの向こうは異国風の部屋が広がっている。

思えばあの壁にドアは無かったはず。



「イリーネさんでしたっけ、宜しければこちらで一緒にお茶でもしませんか?」



馬鹿みたいに大口を開けげ驚愕するイリーネに何仙姑かせんこは声を掛けた。



「い、良いんですか?」



イリーネは恐る恐る異国風の部屋に入って行く。





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「ただいま戻りました」


「やっと戻って来たんですね? ヒルト。

 貴女が抜けた後本当に大変だったのですよ、まったく」



ワルキューレ輜重輸卒部エインヘリヤル福利厚生課担当部署の上司ルデグスタ課長はいきなり説教で出迎えた。



「明日から仕事に復帰出来ますね?」


「それが、もう少し掛かると思うんです」


「それは何故です?」


「お客さんを連れて来ったんです。

 それでオーディン様に謁見届を出したいと思いまして」


「友達を招いちゃったんですか? なんと仕方の無い事を、常識外ですよ?

 貴女が抜けて今までどんなに大変だったか、そこを考えて下さいね。

 それとヒルト、貴女は一体何をやらかしたんですか」


「何と申されても、何が何だか」


「貴女を名指しで出頭命令が来てるのですよ?

 スクルド部長から」


「あー」


「今はお出でになっていないので、来られたら連絡します。

 その時は、速やかにスクルド部長の下に出頭しなさい。

 大声で早口で言っているので、相当お怒りの御様子でしたよ」



そんなに待ち遠しいのか、三女神ノルニルは。

私的な要件に権力まで乱用しちゃって。

多分怒ってはいないと思うけど。


ルデグスタ課長の説教は小一時間続く事になった。

その間、室内にいる職員達の責めるような視線がヒルトに刺さる。

開口一番、さっそく針のむしろ状態に置かれている。


やがてルデグスタ課長は渋々と謁見願い届の手配をしてくれる。

可否の結果が出るのは三日後になるそうだ。



「それでヒルトは誰をオーディン様にお引き合わせしたいです?」


「崑崙仙界の何仙姑かせんこさんと、豊葦原瑞穂の国のジブリールさんです」


「異国の方達なんですね?」


「そうです」


「ん? ジブリールって天使の名じゃないですか」


「多分、そのジブリールかも、ですね」


「多分? かも? 同名の他人という事ですか? それとも本人? どちらなんです?」



ver.2です。

って言っても益々訳が判らなくなるだろうねぇ。

詳しく語ると時間がいくらあっても足りないと思う。



「オーディン様に謁見して何を語るつもりか知りませんけど、

 説明の前に今回の旅のレポートを提出してから謁見に臨みなさい。

 ヒルトの説明ではさっぱり要を得ません」


「はい」



今ここで諸事情を語るより、謁見に臨む前に参考資料としたいようだ。

謁見まで三日間、それまでに私はレポートを仕上げなければならなくなった。

私は同僚に二柱ふたりの案内を頼むしかなくなった。





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私は寮に戻ると同室のイリーネに頭を下げて頼み込む。



「と、いう訳でイリーネ、二柱ふたりの案内をお願いしたいの」


「少しなら出来るかもしれないけど、無理だよぅ、私だって忙しいんだから」


「他の者に頼んで良いから、私は三日間で旅のレポートを仕上げなければならなくなっちゃったから」


「う~~ん……、仕方ないなぁ、もう。

 お土産を貰っちゃった手前、断れないし」



寮は寝に帰るだけの場所だから、何仙姑かせんこの異空間の中で机を借りて作業に掛かる事にした。

やっとこさ仕上がったレポートを三日後に提出出来た。

レポートを吟味した後、方針を決めるのだろう。

返事を待っていると、謁見は一日延長されたと連絡がきた。


取り敢えず謁見はOKなのかも。



「ヒルトさんは、たいへんなのです」


「ホント、ブラックだねぇ」



何仙姑かせんこと、ジブリールは呆れた顔をしながら、私をぬるい目で見守ってくれた。


ううう……、これが私の毎日だったんだよ、チクショウめ。

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