第107話「グラズヘイムへ」

私達は三女神ノルニルの館で歓待を受けている。

とは言っても、ジブリールと何仙姑かせんこが主賓で、私はオマケ。

これは仕方無いっちゃ仕方無い。

ワルキューレは三女神ノルニルより格下なんだから。

ジブリールも何仙姑かせんこも言うなら、外国の高官といった立場でもある。

私は黙って事の成り行きを見守るしかない。



「未来が切れても寿命ではないというのは、運命のことわりの外にいるという事なのです」

「その様な方は非常に珍しかったですよ」

「どうすればそうなれるのですか?」


「仙人になればそうなるんでしょうか、私には解らなかったのですが」


「私達でも仙人になれるのですか?」



ヴェルザンディが目を輝させながら何仙姑かせんこに迫る。

運命を見通せる女神達もやはり輪廻の輪の中の住人に過ぎないようだ。



「既にヒルトさんがそうなってます」


「素晴らしいです」

「私達は仕事から離れる訳にはいかないので羨ましいですわ」

「私達にも御教授頂ければ良いのですけど」


「私も国に帰れば仕事はありますし、旅の最中でもあるから時間は執れないかと」


「それは残念です」



スクルドは実に無念そうに肩を落とす。


出来ればいつまでも逗留して自分達にも修行を付けてもらいたいと思ったんだろうね。

ジブリールも私と修行したけど、面倒を呼び込みそうな話題には入らず、子供らしく静かにお茶を飲んでいる。

そういう状態なのを時々見た事があるけど、こうして改めて観察すると結構狡猾なんだ。


そしてオマケの私には話を振って来ない。

それはそれで助かるけど。

きっと二柱ふたりの鞄持ちか何かと思われてるのかも。



「皆さんはこの後何処に参られるので?」


「グラズヘイムに向かおうと思っています」



やっと私の順番が来た。


この後、グラズヘイムに着いたら何仙姑かせんことジブリールの泊る宿を用意しなきゃ。

その後、上司にオーディン様との謁見願い届をもらわないと。

三女神ノルニルの反応から察するに他国の重鎮の様だから、この世界の主神に挨拶は必要だろう。

観光案内した後、二柱ふたりを見送れば私の観光旅行は終わる。



「急ぎの旅ではないですよね?」


「いえ、色々と予定もありますし、忙しいかと」



ウルズが引き留めに掛かってきた。

私を見る目は「ゆっくり出来ると言いなさい」と言っている。

いくら三女神ノルニルが私より上の者でも、言いなりなる訳には行かないし、強要されても困る。



「それでは何仙姑かせんこ様、せめてお食事でもてなしをお受け下さいませ」



今度はそう来たか。


上位の者が決めれば、鞄持ちは断れまいという算段か?

何仙姑かせんこは「どうする?」と顔で語る。

いくら何でも最高神オーディン様への御挨拶を疎かにするのは拙いだろう。

二柱ふたりを観光案内するのはその後だ。


三女神ノルニルは私達の雰囲気を見て、私が鞄持ちじゃないだろう事に気が付いた様だ。

スクルドは困惑しながら語り掛けようとする。



「え、と、ヒルトは……」


「私は何仙姑かせんこさんとジブリールをオーディン様にも御紹介しなければならないんです」


「そう、オーディン様に、それでは仕方ありませんよね。

 そういえば、ヒルトはワルキューレ戦乙女と言いましたね」


ワルキューレ戦乙女でも、私は戦闘部じゃなくて、輜重輸卒部なんで」


「輜重輸卒部という事は、私の配下でしたのね」



そもそもワルキューレ戦乙女を総統括しているのはフレイヤ様だ。

しかしワルキューレ戦乙女という組織の中には、いくつか部署がある。

戦闘部の支援や『戦士の館』でエインヘリヤル神のための戦士達をお世話したり、介護したりと色々あるのが輜重輸卒部。

私はその中のエインヘリヤル福利厚生課担当部署の一員だ。


今目の前にいる三女神ノルニル一柱ひとり、スクルドもワルキューレ。

それも輜重輸卒部の部長を兼任するから、部署の最上位の上司だ。



「良いでしょう、ヒルト、色々用事が終わった後で私の下に来なさい。

 旅でのお話を聞かせて欲しいのです」


「解りました」



組織の上下関係が有るから、私は逃れ様が無い。

忙しさにかまけていると、ルデグスタ課長を通して呼び出されるかも。

ほんと、下級神である平民は辛いよ。


旅での話題で盛り上がり、一夜明けて私達は三女神ノルニルの館を後にする。



「帰りにはまたお寄り下さいませ」


「その時はまた宜しくお願いします」


「是非に」




------------




「ヒルトさんも地元じゃ大変なのです」


「いっそ自由な『仙人』になっちゃえば良いんじゃないですか?」


「究極の自由人ですかぁ、色々としがらみが無ければ即答したかもしれないねぇ」



私達はオーディンの居城ヴァーラスキャールヴが位置する王都グラズヘイムに向かう。

私の勤務する『戦士の館ヴァルハラ』や社員寮はグラズヘイムにある。

二柱ふたりの宿を確保したら、同僚イリーネに亜空間収納の魔石の返却してお土産を渡さちゃいけない。

エインヘリヤル福利厚生課担当部署の上司ルデグスタ課長にオーディン様との謁見願い届をもらって提出しなければ。


のんびり気儘に出来た旅は終わり、忙しい毎日に飛び込まなければならなくなる。



私達は街道をひたすら歩く。

三女神ノルニルの館から首都グラズヘイムまで400kmくらい。

街道を休まず歩いて八日位だけど、出発時と違い、途中で宿に泊まる必要は無くなった。

何仙姑かせんこに教わりながら、異空間を創る練習をする。


私が創った異空間は六畳一間ほどの休憩所。

地面に階段を創って、地下に空間を広げる。

創ったばかりの空間だから、どこにも汚れは無いけど、換気が宜しくない。

道中の食料は困らないし、野営は中で床の上に雑魚寝で済ます。



「もっと広げて、調度品や冷暖房も完備したいね。

 今は布団もベッドも無いし、台所も無いし、トイレも風呂も無い」


「ヒルトさんなら、そのうち出来るようになりますって」


「そだね」



少しづつ休憩所を改良しながら街道を進む。


休憩所の中をどうするかをイメージするために、間取り図を書いてみたりした。

せめて寝室とメインルーム、キッチン・バス・トイレは絶対に欲しい。

それぞれをどうデザインするかを絵にして書き出していく。

そんな努力も実り、少しづつ部屋らしくなっていった。



「だいぶ過ごし易くなりましたの」


「私の庵に比べれば、まだまだのクオリティですけどね」



いや、何仙姑かせんこはどれほどの年月を掛けて熟成させてきたのか。

そんなの駆け出しの私にはまだ無理だよ。


今思えば、豊葦原瑞穂の国の畳って良い物だったんだね。

家の中を裸足で歩けると言うのが、あれほど心地良かったなんて。

だから畳の間も出来れば創りたい。





やがて疎らな民家の密度は増し、首都グラズヘイムが見えて来る。

王都グラズヘイムは他国からの侵略を考えていないから、街壁は無い。

海も近く、港もあるから海鮮料理には事欠かないのだ。

とは言っても、あの国に比べれば寂しい限りだけど。


オーディン様の住まうヴァーラスキャールヴ城は小高い丘の上に建っている。

グラズヘイムの何処からでもヴァルハラの城を見る事が出来る。



「あれがアース神族のお城ですか」


「荘厳なのです」


「二柱(ふたり)はオーディン様にご挨拶しないとね。

 でも、その前に宿を探さなくちゃ」



ジモピー地元民である私は街の宿屋に泊まる事が無いから、何処にどういう宿屋があるのか、さっぱり判らない。

さすがに安宿じゃぁ、お世話になっていて何だし、高級宿じゃぁ手に負えないし。

あちらの世界のビジネスホテルって都合が良かったよね。



「宿屋、どこで聞けばいいんだろ」


「ヒルトさん、ジモピー地元民なんですよね?」


「長年社員寮住まいだったから、特定の店位しか知らないんだよね」



特定の店といっても近場の服屋とか、道具屋や食堂といった位しか行き付けは無い。


当り前の話だけど、そもそもジモピー地元民は地元を観光する事は無い。

観光地じゃない此処には、観光施設も無い。

他所からくる観光客なら、見所はあるかもしれない。、

けど、ジモピー地元民には当り前に在る見慣れた日常の風景に過ぎない。

そんなのが面白かろう筈も無い。



「生活圏狭っ!」


「そうだ、そこらの店で聞けば教えてくれるじゃん」



私は目に付いた露店の人から宿の場所を聞き出して、チョイス出来そうな宿を探し回った。

取り敢えずでも二柱ふたりには活動拠点として宿を確保しておいて、私は用事をこなしてから観光案内しなくちゃ。



「意外と良さげな宿って無いんだね」



どこを当たっても、旅商人が一時的に泊まるような宿しか見つからない。

そういう宿は著しくグレードが低い。

つまり、この街は観光客が来るような所じゃないんだ。


そんな時、何仙姑かせんこはは申し訳なさそうに言って来た。



「あのぅ、ヒルトさん? 私達には宿は無くても構わないんですけど」


「え?」



私はどういう事? と目をしばたいて考える。

しょうがないなぁと言う顔で説明してくれた。



「私は仙人ですよ? 何処にだって異空間を創れるのだから、宿は無くても全く気にならないんです。

 それよりヒルトさんの寮を見せてもらえませんか」


「寮なんか見たいの?」


「用事があるんでしょ?

 私達なら、寮のどこかに異空間を創って勝手に寛ぎますから。

 用事を済ませてから、彼方此方あちこち案内してくれれば良いですよ」


「わたしも何仙姑かせんこさんといる」



そうだった、何仙姑かせんこは創ろうと思えばどうにでもなるし、出来るんだ。

私が用事で動き回っていても、寮にいるなら色々と手間が省けるってもんだ。

下手なもてなしを考えるだけ無駄だったよ。



「助かるよ」



私は二柱ふたりを社員寮に案内する事にした。

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