第106話「アスガルズ」

「うああぁ―――――――、おっきな木が」


「アイヤー、あれが有名な『ユグドラシル』ですか」



アスガルズステーションから出た私達の目に真っ先に目に付いたのが『世界樹ユグドラシル』。

ここから結構距離があるにも拘わらず、天空をも超える高さの木が聳えている。

周りに生えている樹木がまるで雑草の様だ。

枝葉の範囲も相当な物で中程度の国ならスッポリ覆ってしまう。

木漏れ日があるから真っ暗にはならないけど、日照量が少ないだろう。


大樹の近くにはミーミルの泉があり、運命の三女神ノルニルの館と裁判所、観光地として賑わっている街がある。

それほど大きな街じゃないけれど、宿と土産物屋が多いんだよね。

前回はあの街の『泉亭』に泊まったんだっけ。



「世界樹ユグドラシルの近くに街があるよ」



二柱ふたりにミーミルの泉や三女神ノルニルの説明をする。

今更ながら思い返せば、『未来を占う』と言われても言霊のことわりを知った今、たいした意味は無い気がしてきた。

世界には偶然は存在しない。

在るのは必然だけだ。

ましてやそのことわりを超える手段がある。



三女神ノルニルに会ってみたいですの」


「それは良いですね」


「あの方達は私より上級の女神様達だから、おいそれと会えないと思うよ」


「そうなの……」


「駄目元でも、行ってみないと判りませんよ?」


「なら行ってみますか」




--------




いざ来てみれば案の定、三女神ノルニルの館の門は閉じられていた。


下っ端はともかく、有名人とは簡単に会えないのは何処の世界もそうだろう。

一々ファンの相手をしていたら仕事に支障が出てしまうだろうから。

そのためにマネージャーという管理者を通さないと繋いでもくれないのだ。

ここアスガルズの有名神も同じ事だ。



「ほらね、言った通りでしょ」


「ここが三女神ノルニルの館ですかぁ」


「結構大きいですの」



三女神ノルニルの館は、ちょっとした庁舎位の建物だ。

というより貴族の館と例えた方がシックリくるかな。

大邸宅に住めるのは、さすが上級神と言った所。

社員寮暮らしの私には、上級神達がどんな暮らしをしてるのか知る由も無い。

神界に於いて『女神』と称される者達は、大概上位の者達だ。



「ここら辺で名所と言えば、ミーミルの泉だから泉を観に行きましょう」


「それは良いですね」









ミーミルの泉ノルニルの職場までは、それほど遠く無かった。

ユグドラシルの幹にも近いけど、森に囲まれ木漏れ日が煌めく水面は、美しく神秘的な雰囲気を醸し出している。

泉の周辺には観光客達が散見され、休めるようにベンチまである。



「アイヤーここも綺麗ですね」


「私の国と雰囲気が違うけど、良い景色ですの」



三女神ノルニルはこの泉の水をユグドラシルに注いでいると聞く。

だから彼女達はミーミルの泉とユグドラシルの管理者でもある。


私達は泉の周りを散策し、ベンチに座って一休みする。



「ボートがあれば乗って泉の底を見たいですね」


「神聖な泉にボート屋なんて無いよ」


「それは残念、そうだ、果物でも食べませんか?」


「良いね!」



私達は崑崙仙界で買った果物を食べる事にした。

綺麗な景色の中で、美味しい物を食べるのも格別だね。




暫く私達がワイワイと楽しんでいると、向うから女性の団体がやって来るのが見えた。

雰囲気からすれば、従者を伴った偉いさんのようだ。

近くまで来た団体さんの一柱ひとりが声を掛けて来る。



「皆さん、泉をお楽しみの様で、御満喫されていますか?」


「ええ、それはもう」



「姉さん、この方達……」


「不思議ですね」



三柱さんにんは目を細めて私達を観察するように眺め出した。



「黒髪のお二方は異国の方なんですね」

「もうお一柱ひとりはこの神界の方ですよね?」

「どういう事でしょう? お二方は未来が切れているのが視えます」


「はいぃ? 未来が切れてる?」


「はい、でもお亡くなりになる訳ではありません。

 私達には運命の理が視えるのです。

 しかし、貴女方は単に運命のことわりから外れているのかもしれません」



どうやら珍しい者がいると見られている様だ。

だから興味を持たれ、話し掛けられたという所だろう。



「特に異国の貴女は過去世も切れていますね」

「貴女方は何者なのでしょう?」


「そういう貴女方は?」



彼女達は自己紹介してくれた。

長女ウルズ、次女ヴェルザンディ、三女スクルドの三女神ノルニルというのが彼女達の正体だ。



「貴女達が運命の三女神ノルニル様だったんですか」



私より上位の女神様達だ、背丈は私と同じくらいで巨人じゃないけど。

驚いて拝礼の姿勢を執ろうとした。

しかし何仙姑かせんことジブリールは動こうとしない。

上位者に対する礼儀を知らないのかな。

まぁ、観光客でお客さんだし。



「貴女には近い未来、面白い事が起きますよ」



ヴェルザンディが私の未来を視ているようだ。


お三方は私のイメージしていたような女神様達じゃなかった。

この世界にある普通の貴婦人といった容姿をしている。

でも運命予測の女神様達だから、割とお高く止まっていない。

やっぱりそこは客商売といった所なのかな。

私達が頼んだ訳じゃないから、運命鑑定料は払わないけど。



スクルドが声を掛けて来た。



「皆さん、人気No.1と謳われている『名水ウルズの泉』はお買いになられましたか?

 水質は軟水、ミネラルたっぷりで肌にも良いですよ?

 今なら1リットル瓶で1000クローネとお得ですよ」


「あー、私はいいや」



清水せいすいの女神、瀬織津姫様なら興味で水を買ったかも知れないけど。

それにしても、すかさずセールスしてくるとは抜け目が無いと言うか。



「それにしても未来が切れているなんて気になりますね」

「どうしてなんでしょう」


「それは私が崑崙八仙の一柱ひとりだからじゃないですか?」


「崑崙八仙?」

「貴女は仙女様でしたか」

「もう一柱ひとりの貴女は?」


「私はヒルト、ワルキューレですが、旅行から帰って来たばかりです。

 旅の途中で会った何仙姑かせんこさんに仙人の修行をつけてもらったんです」


「私はジブリール」


「では、貴女が何仙姑かせんこ様なんですか?」


「そうですよ」



三女神ノルニルは驚いた表情で私達を改めて見つめている。

なにをそんなに驚いているのか、私にはさっぱり判らない。

けど仙人って、よっぽど珍人の部類なんだろうなぁ。

それにしてもチビッ子姿のジブリールが気付かれてないようだけど。



「宜しければ私達の館で、旅のお話を聞かせて頂けませんか?」


「構いませんよ」



ウルズが私達を館に招待してくれるようだ。

思えば私も豊葦原瑞穂の国で神様達に旅の話を聞かせて欲しいと言われたっけ。

そういう気持ちはアスガルズでも同じなんだろうね。












「ただいま戻りました」


「お帰りなさいませ」



三女神ノルニルの館に招待された私達は応接間に案内され、ソファーに座る。

部屋を見渡すと、さすが上級神と溜息を漏らさずにいられない。

高級だろう調度品や、壁に掛けられているタペストリー、床も毛皮の絨毯が敷き詰められている。



「どうぞ」



目の前のテーブルにはメイドにより、お茶とお菓子が用意された。



「皆様、お待たせ致しました」



やがて着替えた三女神ノルニル達がやって来て私達の対面に座った。

可愛らしく両手でお茶を飲んでいるジブリールにスクルドが声を掛けた。



「お嬢ちゃん、お母さんが仙女様なんて凄いですね」


「お母さん? 何仙姑かせんこさんは私のお母さんじゃないですよ」


「え⁈」



どうやら二柱ふたりとも黒髪で東洋系の顔立ちだから、ジブリールを何仙姑かせんこの子と勘違いしていたようだ。

だからさっきスルーしちゃったんだ。



「え、と、ジブリールちゃんは?」


「私は豊宇気姫とようけひめの分御霊なんです」


「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁈」」」


「あの、豊宇気姫とようけひめ様といえば、豊葦原瑞穂の国の?」


「そうなのです」


「「「し、失礼致しましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」



三女神ノルニルはショックを受けて慌てふためいている。


ジブリールは最近創られた分御霊だから三女神ノルニルは過去世を見抜けなかった様子。

豊宇気姫とようけひめは日ノ本の国で有名な上級神の一柱ひとりだ。

豊葦原瑞穂の国の最高神『天照大神』に近しい所に在る立場の女神様。

神格を言えば三女神ノルニルより上位の女神様でもある。

そりゃ驚くし、畏まっちゃうよね。


ウルズが狼狽しながら私に語り掛けて来た。



「ヒルトさん、皆さん凄い方だったんですね」


「そうですね」



私だけが神族の平民で、たいした事の無い奴だ。


一緒に旅して来たからか、私は何も考えていなかった。

何仙姑かせんこは食いしん坊仙女だし、ジブリールは見た目チビッ子だし。

実は隠しているけど、まだいるんだよね。

面倒な事になりそうだから、それは黙っている。

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