第95話「除霊」

除霊の日がやって来た。

リゲル・アルゴルは二人の弟子を引き連れ、車に荷物を積んでやって来た。

二人の弟子はどう見てもヤクザにしか見えないよ。

これから始まる事に近隣の住人達が見物人として集まっている。



「私は家の周りを霊視して来るから、その後部屋を見せておくれ」


「はい、宜しくお願いします」



アルゴルは二人の弟子を引き連れ、家の周りを観察しながら一周し始めた。

うーん、あれが霊視ねぇ、何となく値踏みとしか思えないんだけど。



「いるねぇ」


「本当ですか? 何とか出来ますか?」


「次は全部の部屋を霊視して回るけど」


「はい、お願いします」


……いるとすれば私達だね。



今の所霊的な襲撃者は来ていない。

私達が見た所、二階の部屋に霊道が開きそうではある。

何か来たら、追っ払って封印すれば良いだけなんだけどね。


まぁ、何が来るのか見てみたい。

それから対処しても間に合うと思う。



「一通り見せてもらったよ。

 この家の住人を苦しめているのは、多分キツネの悪霊だ、間違い無い。

 かなり質が悪いから、私も本気で掛からねば命が無いかもしれん」


「そうだったんですか」


……おいおい、キツネの悪霊はアルゴルに憑いてるじゃんよ。


「じゃぁ、今から除霊の儀式を始めるよ?

 あんたもしっかり気を引き締めるんだよ」


「はい、お願いします」



アルゴルが合図を送ると、二人の弟子は祈祷の準備を始めた。

玄関の前に祭壇らしき物を設置し始める。

般若心経教典冊子の両隣に蝋燭立てと線香立て、神楽鈴に盛り塩、水と清酒、手前に数珠が用意される。

祈祷を行うアルゴルは着替えに席を外す。



……一応祭壇っぽいけど、全然なっちゃいないねぇ。


……あれで何をするつもりなんですかね。

  なんだか面白くなってきました、最後まで見物してみましょう。



やがて着替えの終わったアルゴルが、司祭のように祭壇の前にやって来る。

両隣の蝋燭と線香に火を灯し、手に取った数珠を擦り合わせ一礼をする。


その後、神楽鈴をシャンシャンと鳴らし、般若心経を読誦し始める。

横に控える弟子は太鼓を鳴らし、読誦のリズムを取る。

二巡三巡読誦を続けるアルゴルは、如何にも何かと戦っているような顔芸が続く。



……いや、儀式っぽい事やっても、何にもならないから。


……もう笑いをこらえるのが限界です、くくく。


……こんなので大金を騙し取ろうなんて許せないのです。



そもそも儀式なんて、神霊主体で行わないと。

祈祷者や術者は神霊の仲立ちにしか過ぎないのに。

インチキ祈祷では、霊障を齎せている邪霊を引っ張り出せてもいない。


大掛かりな儀式の音で、近隣の住人達も集まって来る。

こんなエンターテイメントで、大金を請求される早苗さんが可愛そうだ。



……そだね、たっぷり笑ったし、そろそろ姿を現して助けてあげようか。


……今着てる普段着で大丈夫ですかね?


……神様らしい恰好なら信じてくれると思うですの。



ジブリールの提案で何仙姑かせんこは仙女らしい恰好をする事にした。

子供組は、お稚児さんらしい恰好だをする。

私を除く女性陣二柱ふたりは、古風に比礼ひれを纏っている。



で、問題なのは私だね。

私らしい恰好はワルキューレだから、コスプレ集団っぽくなっちゃうよ。



……なら、巫女衣装ならどうでしょう?


……巫女衣装の外国人ってのもねぇ。



北欧の私の顔の造りは、この国の人と明らかに違うからねぇ。

まぁ、いっかぁ、戦い本番になれば鎧兜、盾と剣を装着すれば。

取り敢えず巫女衣装を着て何仙姑かせんこの横に立つ。









「では、今回の除霊代金はこの銀行に振り込みでお願いします」


「あのぅ、お金はまだ用意出来ていないんです」


「それは困りますねぇ、金融機関を紹介しますから、借りてでも支払って頂かないと」



こういう展開は想定済みで何度もやって来たようで、実に手慣れた対応をする弟子達。

そんな中に姿を現した私達は立ち塞がる。



「お待ちなさい!」


「インチキ祈祷に、そんな大金を支払う必要な無いですよ」


「何だ、お前らは。一体どこから現れた」


「インチキだと! 言掛りをつけるお前達は何者なんだ?」



ヤクザと思しき弟子達は定番の反応を返す。

どうしてこうも型に嵌ってるのかな。



「私達が何者だろうと、貴方達には関係ありません。

 早苗さん、こんな祈祷じゃ何も祓えていませんよ」


「貴女方は?」


「私の名は何仙姑かせんこ

 早苗さんの苦難は理解出来ています。

 こんな人達に代わって私達が貴女方家族を救って差し上げます。

 私達の救済に返礼は要りません、不要です」



アルゴルとその弟子達は私達を睨み付けている。

まぁ、人間如きに負ける私達じゃないけど。



「私達の商売の邪魔をするつもりなのですか?」

何仙姑かせんことやら、中国人か?」

「中国人なら髪型が団子のはず」

「本当に中国人なら、語尾にアルって言わにゃぁよ」


「ふ、そんなステレオタイプなのは、貴方方の頭の中にしかいませんよ」


「今から本当の邪霊討伐を始めるですの。

 危ないから、終わるまで皆さんは私達の創った結界に入っていて欲しいです。

 見物人の皆さんも早く結界の中に入るです」



ジブリールは声を張り上げて、この場にいる人間に避難を促した。



「ふ、邪霊なんてもんはもういないぞ、アルゴル様が祓っちまったんだからな」


「どう思おうと勝手だけど、絶対に結界から出ないでね」


「結界から出たら命の保証は出来ないの」



言い合っている内にジブリールと武蔵くんが結界を張ってくれたようだ。

結界は紙垂しでの付けられたロープで囲っただけの物。

一見頼りなさそうに見えるけど、豊宇気姫とようけひめ様の分御霊であるジブリールが張った結界だ。

これほど確かで強固な結界は、人間には到底張れないだろう。


ジブリールと武蔵くんの二柱ふたりは、周りにいる人間全員を結界内に案内をする。



「さあ、早く!」


「戦いの準備を始めますよ」



何仙姑かせんこの合図で私は武具と剣を装備した。

結界内に避難した者達の中から失笑が聞こえる。

やっぱり、ここの人達にとって、ワルキューレ知らないんだろうなぁ。

そう思っていると、人混みの中から誰かの声が漏れた。



「あの姿は、まるでワルキューレ!」



お、誰か知ってる人もいた様だ。

私が言うのも何だけど、その人って大分だいぶマニアックじゃないかな。



「良いですか? 始めますよ?」



何仙姑かせんこは大地の気の流れを乱し、霊道をこじ開けて行く。

周囲は気温が一気に下がり、空気が一変する。

まるで空気に色が付いているかのような景色に変わり始めた。

異空間がこの場に広がって行くような錯覚をしそうだ。


裂けた空間の向こうから、禍々しいそれはやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る