第96話「邪霊討伐」

時空間の裂け目の向こうから、こちらを覗く者がいた。

真っ黒い眼窩の奥には眼球はあるんだろうか。

目玉も口のなにかも空洞のように暗黒の闇が垣間見える。

重篤の病人のように乱れた頭髪は、末端が背後の闇に同化しているようだ。


それは強い怨念と憎悪をこちらの世界に流し込んで来る。

背後の結界の中にいる人達から、思わず小さな悲鳴が「ひっ」と漏れた。



「うーん、これもまた醜悪だねぇ」


「ジブリールと武蔵君は結界の前で皆を守ってて」


「うん」「はぁい」



醜悪なそれは時空間の裂け目に両手を掛けて引き裂こうとし始める。

時空間の裂け目は物質じゃないから、引き裂こうとしても無理がある。

しかし強大な怨念の力が裂け目を広げ実体化する事を可能にしている様だ。



おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

  おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――



「あの怨霊は女の様だねぇ」


「そうですね、それも昨日今日怨霊になった奴じゃない。

 何百年も地獄の底で怨嗟を吐き続けて来たって感じですよ」


「完全に化物化しちゃってるかぁ。

 理性は残ってるのかな、言葉での説得は無理そうだけど」


「ですね、どうやって浄化します?」



怨霊は気枯れ、つまり負の情念という穢れの塊でもある。

陽の気である神気で中和させて行くのは可能かな。

もしくは剣で斬り刻んで負のエネルギーを奪うか。


威嚇しながら色々考えている間に、そいつは裂け目から体を捻じ込み始めた。

既に大きな体の半分は、こちらの世界に入り込んでいる。



「下半身が蛇になっていますね」


「ラミアかぁ」


「ラミアじゃないですよ、半分獣化してるんですよ」



知らない人が見たら蛇神とでも思っちゃうかもしれない。

けど、霊界では狡賢いのはキツネという動物霊になるし、執念深い者は蛇という概念上の動物霊になる。

ここで言う動物霊は『走る者』『飛ぶ者』『泳ぐ者』『卵より出る者 (爬虫類)』の四霊とは別物だ。

現象界である現世での四霊は、所謂いわゆる『動物』と呼ばれている。


幻想上の魔物は想念の世界で実在している。

人がいると想像を巡らせ、共通認識になるほど実体化する。

だからファンタジーの幻獣は、本当にいるとしか言い様が無い。

悪魔だって本当に魔の世界と重なる事があるけど、幻獣の内でもある事が多い。



おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

  おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――



私達は再び怨霊に向かい合う。


侵入しようと足搔く怨霊の異様な姿に、結界の中の住民達は恐怖で身動きすら出来ずに固まっている。

姿形を見せる程怨念に凝り固まった霊は本来多くは無い。

ましてや大勢で目撃出来るものでもない。

まぁ、目撃できる妖怪もいるにはいるんだけど。

何仙姑かせんこが時空間に亀裂を入れたために誰の目にも視認し易くなっている。


隙間からは得体の知れない小さな魔物が、蝙蝠の集団の様に無数に飛び込んで来る。

そのどれもが霊界の穢れた思念・想念・妄念・執念の塊だ。

分担を分けなければ対処のしようが無い。



「私達は、あの大きな奴を討伐するから、小さいのはお願い」


「はーい」



敵と向かい合ったジブリールは言霊を使い始める。

一瞬なんで? と思ったけど、考えてみれば本体があの女神様だから出来るのかぁ。

盲点だったなぁ。



キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ

  キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ

 キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ



一二三四五六七八ひふみよいむなや九十ここのたり布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ


最初の言霊で比礼は武器化した。



品物之比礼くさぐさのもののひれー!」



比礼はジブリールの周りで渦を巻く様に回転して魔物たちをバシバシと打ち落とす。

その技名を『ストームローリングアタック』とでも言った方が解り易いかな。

あの比礼は、短距離攻防一体の触手武器になるのかぁ。



蛇比礼おろちのひれー!」



複数の比礼が大きな蛇のように、魔物たちに攻撃を加えて行く。

何だか大蛇と言うか、蛇のような触手攻撃みたい。

技名は『ヒュドラアタック』と名付けてあげよう。



蜂比礼はちのひれー!」



V字型に広がった比礼から、沢山の何かがバシュバシュバシュと飛び出した。

それはそれぞれが飛び交い、魔物たちに攻撃を加えて行く。

おぉ! こういうの知ってるぞ、『ファンネルアタック』かな。



キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ

  キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ

 キキキキキキ  キキキキキキ キキキキキキ


バババババババババババババババババババババババババ


武蔵くんの本体は巨大戦艦なだけあって、全身から機銃掃射で飛んで来る魔物を撃墜していく。

霊体の弾だから質量弾ではないけど、霊体である小魔物には十分有効のようだ。

次々に撃ち抜かれては霧散していく。


流石に狭い所で46㎝砲をぶっ放す事はしないよね?

小さなボート? あれは単なる依り代だよ。



「この子たち、凄い……」


「何なんだ、この子供たちは」


「あぁっ! あっちを見ろ、いよいよ戦いが始まりそうだぞ」


「うわぁ、なんて化物だぁぁ」


「私はあんな化物を祓おうとしてたのか、無理だ、私には到底無理!」



結界の中でアルゴルは腰を抜かして震えている。

これほどの怨霊だと霊視出来なかったに違いない。

これが神や高級霊と霊感があるだけの人の違いだ。


巨大なラミア―の様な怨霊は、私と何仙姑かせんこに切り刻まれながら、こちらの世界に滑り込んで来た。



「本格的に止めを刺しに行くよ!」


「是!」



その時怨霊の巨大な腕が私達を祓い飛ばそうと迫って来た。

何仙姑かせんこは飛び退き、私は体を捩って避け、ヘパイストス製の神剣を振う。



「うりぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



神剣は魔物の腕をガスッとした手応えで斬り落とす。

腕はボドンと地に落ち、地面に血のように穢れを垂れ為し始める。

痛みを感じないのか、もう一つの手で魔物は暴れ狂う。


私達の攻撃は怨霊の消滅であって浄化ではない。

浄化は心核となる者の存在は助かるけど、消滅は無に帰すから永劫に救いは無い。



おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

    おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

  おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

       おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――



「はいっ! はいっ! はいっ! はいいぃぃぃっ!」



何仙姑かせんこは天仙剣で、華麗に峨眉剣術を繰り出し魔物を斬り刻んで行く。

時々回転させる天仙剣は、敵に剣筋を幻惑させ、斬撃力を高めるようだ。

舞うような剣術は剣筋を読み難くさせる上に優美な剣術だといつも思う。



図体ずうたいが大きいから、しぶといですね」


「ほんと、ボス戦は持久戦ばっかりだよ」



いまだ誰もが魔物に一撃も喰らっていないのは幸いだ。

私達はとにかく負の穢れで出来ている体を斬り刻んで行く。



「どっせい!」



もう一つの腕を斬り落とすと、魔物は体全体をうねらせ反撃しようと激しくもがき出す。

これはこれで大蛇のような動きで暴れ出す。

それでも体を構成するものを削り落として行くしかなさそうだ。



  おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――

     おぉぉあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――



戦いの場は異様な臭気で満たされる。

私は剣戟の合間に神聖ルーンで風を呼び起こして臭気を追い払った。

この臭気は人間には瘴気となって害を及ぼす物になる。

結界から出ない限りは瘴気にも護られるから、少しは安心だ。



「中々怨霊の本体に届かないねぇ」


「これだけ大きいから大変ですよ」



斬り刻んだ怨霊の体は神気と仙気を浴びて溶けて消える。

ドライアイスのように霧散していくから、返り血を浴びる事は無い。

けど、穢れは臭いし気持ち悪いんだよね。


両腕を失った怨霊の動きは攻撃が単調になり始めた。

突きか払いかを見極めれば、剣で斬り裂くのは難しくない。



「せいいいいいぃぃぃぃぃっぃ!」


「やった! 頭を斬り落としましたね」



しかし一向にケリが付かない。

相変わらず怨霊は同じ動きで暴れている。

ここで油断をしたら危ない所だったろう。



「あれ? 動きを止めないねぇ。

 蛇って頭を落としても体は死なないとか?」


「時間差はあるでしょうけど」



首を切り落としても、相変わらず怨霊は暴れまわった。

まぁ、霊体であって生物じゃないから、こんな物かなという気がする。

心核に届かなかったのかな。


この様子に私達は違和感を覚える。



「ヒルトさん、裂け目の向こうにまだ何かいますよ」


「今の奴よりかなり大きそうだねぇ」



裂けめの向こうに赤く光る恨みに燃える片目が見えた。

目の大きさから推し量ると、今戦っている怨霊より巨大だ。

あれほど巨大だと、どれほど怨念を溜め込んで来たのか想像が追い付かない。



「まさか、あれが今の怨霊に取り憑いているとか?」


「ありえる」



背後に魔物を操る更なる怨霊が取り憑いていたとすれば動きを止めないのは説明が付く。

怨霊がマリオネットにされてたらな、操り主を倒さなければ戦いは終わらない。

霊に取り憑く霊だって、あっちの世界には存在する。

雑魚の主を倒せても、主の黒幕を倒さなければ意味が無い。

黒幕だって複数いる可能性だってある。


とにかく目の前の怨霊を消し去らないと第二回戦に移れない。

私と何仙姑かせんこは、剣でひたすら削って削って削り続けて削り倒す。

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