第94話「街の霊能者」

女性は中華街に入って行く。


これじゃぁ逆戻りだよ。


そう思っていると、一軒の怪しい店に入って行く。

リゲル・アルゴルの占いサロンとあるから、占いの店のようだ。


占いと言えば、ノルニル三姉妹を思い出すね。

ノルニル三姉妹は本物だけど、ここ店内の怪しい雰囲気はインチキ臭さが満載だ。


何かに追い詰められた人にとって、藁にも縋りたい気持ちなんだろうね。

先行きの不安から占いに頼りたくなる気持ちは解からんでもないけど。

人に頼るくらいなら、まともな神に頼れば良いと私は思うよ。


怪しく飾られた店内に中年のおばさんの占い師が机に座っている。

たぶんリゲル・アルゴルとは、この人だろう、外国人じゃないけど。

机の上には水晶玉とタロットカード、占星術の道具が置かれていた。

どの程度の実力があるのか興味が出て来たから、私達は静かに観察する事にした。



「いらっしゃい、何を占います?」


「あ、あの、実は本で評判を見まして相談に来たんです。

 私の家は何かに呪われてる感じがするんです。

 既に家族が大変な事になっていて、病院では原因が解らないって言われるし。

 それでどうしたら良いか解らなくて」



女性の名前は鈴山田早苗というらしい。

だいぶ焦燥しているから、重大な危機が迫っている感じがする。



「そう、徐霊を頼みたいのね?」


「出来ますか?

 正体や原因も知りたいんです」


「欲張りさんですねぇ。

 良いでしょう、まず霊視してあげましょう」


「お願いします」


「もし除霊が必要なら、今回の霊視は無料サービスにしてあげる。

 けど除霊が必要ならお金は掛かるわよ?

 徐霊は成功報酬で300万、他に必要経費が掛かるけど大丈夫?」


「ずいぶん高いですね」


「当然だろう、私だって徐霊には命掛けで向かわなくちゃならないからね。

 私の命と決死の徐霊作業の値段だよ?

 それが300万+諸経費だなんて格安だと思えないかい?

 まさか私の命を値切るなんて考えないよね?」


「はい、すみませんでした」



……この占い師? 霊能者は業突張りな事言ってるね。

  占い師も霊能者も関係が近かったりするから、別物とは言い難い所もあるけどね。

  それにしても、人を騙して来たって腹の底が人相に出てるよ。

  キツネ化した雑霊が指導霊として憑いている。

  丸藻まるもと比べるまでもない小者だし。



若干霊感があるだけで、霊能力があると勘違いするのがいるんだよね。

それで街角の神様として商売を始めちゃう。

駄目な奴ほど弟子を持ったり、高額な祈祷料を請求する。


除霊するにも、相手がどんな霊だろうと、視えなければ始まらない。

けど、視えた所で対処法を知らなければ、どうしようもないのは道理。



「取り敢えず霊視してみようかね。

 う―――ん…………」



占い師は目を細めて相談者の背後に目を凝らす。


私は軽く手を振ってみた。


私達が視えたようで、突然占い師はまなこを見開き驚愕した。



「ひぃっ! あんた、沢山連れてるよ……」


「な、何がいるんです?」


「…………五体いるね。

 でも、それは悪い者じゃなさそうだけど、どこで拾って来たんだい?」



……どうやら、それなりに霊能力があるんだ。

  私達の中で霊に分類出来るのは、豊宇気姫とようけひめ様の分御霊であるジブリールver.2、宇迦之御魂様の眷属である七尾白狐の丸藻まるも、船魂の武蔵くん、の三柱さんにんなんだよね。

  でも拾って来たなんて失礼だね、私達は気になってつけて来たんだよ。



「その五人の霊が私達に祟ってるんですか?」


「いや、悪い波動を感じないから、祟ってるのは別の霊だろうね」


「そうなんですか」



……この霊能者、私達を霊と区別がつかなそう。

  たぶん、そこそこいる霊感持ちで、本格的な修行した事無いのかも。

  どうやって徐霊するつもりか知らないけど、この人じゃ無理な気がする。



見れば早苗さんの守護霊も、指導霊もだいぶ力が弱いのが解る。

祟る何者かは、それらより強いのだろう。

そしてアルゴルさんの守護霊は、早苗さんの守護霊とどっこい程度。



……ヒルトさん、舞台裏から見ると駄目なのが丸解りですね。

  ここで相談者を見捨てるのもあれだから、この一件だけ面倒見てあげましょうよ。


……そだね。



見ればアルゴルさんと早苗さんの守護霊は、私達の神気を感じ取って恐れ、かしこまっている。

守護霊はインスピレーションを与える位しか出来ないけど、殆どは見守る位しか出来る事は無いはず。

早苗さんの守護霊は注意を惹き付け、助けの縁を繋いだんだろうけど、相手が駄目だ。



……あんたらも大変だねぇ。


――はい、誠に面目無く。



「取り敢えず身の安全を考えて観音様にお祈りをあげておくからね」


「はい、お願いします」



……おいおい、今度は観音様だって。


……笑えますね。



アルゴルさんは般若心経を唱えだした。

もちろん観音様なんて来ないけど。

そういえば私達の知り合いに10の腕を持つ観音様がいたっけ。


メリハリの利かせた声だけど、お前、何の宗教をやってんだ? 

思わずそう言いたくなるほど色々ごちゃ混ぜだ。

アルゴルさんって占い師とか霊能者じゃなく、立派なエンターテイナーだよ。

本物だと信じちゃ駄目な方で。



アルゴルさんの守護霊が申し訳なさそうに言う。



――皆様方を前にお恥ずかしい限りで、穴が有ったら入りたい思いです。


……んー、人を呪わば穴二つって言うから、そのうち穴は出来るかもね。




早苗さんは祈祷の代金を払い、連絡先を教え、金策のために一端帰る事にした。

アルゴルさんは準備が終わったら連絡をする事に話はまとまる。

気配を消した私達は早苗さんに付いて行く。


時々霊感のある人がこちらを振り向くのが見える。

そんな人達は恐々と小声で「後ろに誰かがいる!」「きっと見てはいけないもの」と囁いていた。





彼女の家は、電車とバスを乗り継いでかなり遠い所だった。

山が近く人家が疎らで、いかにも隠れ里といった感じの山村に帰り着く。

集落の入り口には年代物の道祖神が置かれているけど、祀られている風は無い。

昔、外部からの疫病除けとして設置したのかな。


早苗さんは集落の外れにある建て直しを行っただろう二階建ての家に帰宅した。

家は奥地に在って、庭には朽ちかけた納屋と駐車場がある。



……こんな山奥でも道路は舗装され、電気が通ってるなんで凄い国ですね。


……ご家族の具合はどうなってうんだろ。



陰気に包まれていた家の中で、ご両親は怪我や病気で臥せっているのが見えた。

部屋の隅に仏壇が置かれているから、信心深い家庭なのかも。

仏壇には野菜に割り箸を刺したものがある。



……あれ何だろね。


……この国の風習で精霊馬って言うんですの。


……あれが精霊の馬なのかぁ。

  妖精女王に献上したら喜んでくれるかも知れないねぇ。


……いえ、そうじゃなくて、ご先祖様の乗り物としてあの世から帰って来り、

  戻る時に乗せて運ぶと考えられている様ですよ。


……ふうん、そうなんだぁ。



二階では早苗さんの兄が精神を病んでいるのが判る。

早苗さんは除霊の金額があまりにも高額の為、力無く座り込み溜息をつく。



……完全に働き手を潰されてるねぇ。


……とにかく立地条件が悪いですね。

  山から下りて来た気が、この場に澱んでいます。


……なら、気の澱みを流し去るようにすれば良いですの。


……気の通り道を正せば、風水的に具合は良くなりますね。


……それは事件が解決した後になるねぇ。



付け狙ってるのが何なのかを知る必要がある。

そればかりか、あの霊能者がどうするのか見届けたい。

私達は気配を消しつつ、しばらく観察する事にした。





三日後に早苗さんの下にアルゴルさんから連絡が入った。

いよいよ除霊を始める様だ。

除霊の費用が捻出できなければ、金融機関を紹介してくれるらしい。


何だか何処かで聞いた悪質な手口だ。

聞いただけで未来が想像出来てしまう。



……そんなのからお金を借りちゃぁ駄目だよ。


……そだね、一度借りたら違法な利子で余計に追い込まれちゃう。


……アルゴルってのは悪どいですね。


……あんなの街角の神様じゃないですの。



こんな場合、守護霊って本当に無力だと思う。

私達は罰を与える事に決めた。

そして除霊の時を待つ。

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