第92話「言霊学」

「ええと、ここらで喉にお湿りが欲しくなりましたね、はい。

 私とお客様にお茶をお出しして下さいな。

 後、お子様方には冷えた『うす茶あられ』でも」


「はい、承りました」



己等乃麻知姫ことのまちひめ様は侍従の巫女さんにお茶の用意を頼んだ。



「うす茶あられ?」


「挽きたての抹茶に、砂糖、シナモン、あられを添えた、甘い飲み物なんですよ、はい」


「へぇー、そんなジュースがあるんだぁ」


「はいはいはい、この辺りのお店でも売ってるんですがね、あれをジュースというのはどうか」


「ジュースじゃないんだ」

「お茶の一種のようですね」



抹茶以外にお茶というのも色々種類があるらしい。

淹れ方で番茶道というのもあって、濃いお茶をたしなめる事が出来るそうだ。



「そうですね、今から一献淹れて差し上げましょう、はい」



己等乃麻知姫ことのまちひめ様は人数分用意されたカップにお湯を入れて器を温め始めた。

急須にカップを温めたお湯を移し、茶葉を開かせる。

その後急須からカップにお茶を順に回すように均等に淹れて行き、最後の一滴まで絞り出す。



……なんか、手際がきれい。

  私もあんな茶器が欲しいな。



「さあ、どうぞ」



カップの中のお茶は大分少なくなっている。

そしてトロッとした液体になっていた。

私と何仙姑かせんこはお茶を舐めるように口に含んでみた。



「あれ? 少し甘く感じる」

「アイヤー、濃いけど、飲めないほどじゃないですね。

 こんなお茶の淹れ方は初めてですよ」



何だか本当のお茶を始めて飲んだかも。

しかも淹れてくれたのは紅茶じゃなくて、グリーンティーだ。

そういえば、この国に来てグリーンティーのお茶ばかり飲んでるな。

後でお茶と道具を一式、それと『うす茶あられ』を買い込んで行かなくちゃ。



「結構なお点前でした」


「番茶道はそんなに畏まらなくて良いんですよ、はい」


「そ、そうなんですか」


「普通に淹れたお茶を飲んだら、講義の続きを始めましょう」


「はい、お願いします」



ジブリールver.2と武蔵くんは、神社の周りを探検していたそうだ。

二柱ふたりとも人の子じゃないから、あまり心配しなくても良いのが楽だね。

そうそう事故には遭わないだろうし。



「言霊以外に数魂や色魂、識魂がありましてな。

 そうですなぁ、『魂』って言うのは何なのかを、これから語ろうと思います、はい」


「『魂』ですか、ソウルが近いかと」


「ソウルが何を指しているのか明確に答えられますか?」


「うーん、心というか、難しいですねぇ」


「例えば、【作品に『魂』を込める】とか、【先祖から連綿と続く『魂』】とか、この国では使われますな。

 日常的に使っているにも関わらず『魂』を解っていないけど、解っている。

 『魂』は霊の事でも無ければ、決して空中で燃えている人魂の事でも無い。

 物質という質量が無く、気体でもエネルギーという化学反応でもない物という定義が成り立つと思うのですよ。

 では、質量が無く、気体でもエネルギーでもない『魂』とは何でありましょう?」


「うーん、何でしょうねぇ」

「明らかに『気』とは違いますね」


「生き様とか、思想、情熱や情念といった『データー』または『情報』ではないかと私は思うのですよ、はい」


「あ!」

「そう言われてみれば、そうかもですね」



それは確かにそうかもしれない。

迷信的なオカルトが念頭に来れば、意味も概念もあやふやになる。


例えば正確な意味を知らずとも『精魂込めて仕事をする』と人は言葉を使う。

『精』は精力の精で間違いはないだろうけど、『魂』は想いや情熱、培ってきた知識や技術を指すんだろう。

想いや情熱、培ってきた知識や技術は『情報』と言い切っても、遠からずって所かな。


誰かが思いを込めて造った物には、想いは何らかの形として表現される。

たとえ誰も手を入れていなくても、それが何であり、どんな物という情報を既に持っている。

見る人はそれを見て思いを受け取る事が出来る。

なぜ受け取る事が出来るのか、と言えば、それが『情報』だからだ。

サイコメトリーという能力は、情報の読み取り能力が一線を越えた物かもしれない。


時間も心も観念という情報の集まりであり、心も記憶も思考も情報に過ぎない。

過去は記憶という情報であり、現在は今と言う情報、未来は希望や憶測という情報。

言われてみれば、全ては情報でしかない。


記録媒体に限界はあっても、『情報』そのものには限界は無い。

同じく、『想像』という情報を紡いだものにも限界は無い。

個人個人の『想像力』に限界はあるだろうけど、人はいつだって『想像』を巡らせ続けている。


『想像』という情報は物理学で量る事が出来ないものでもある。

『宇宙』というものもそれと同じ事なのかもしれない。

だから、世界は『仮想現実』の中で、人々は生きているのかもと感じられ始めているのだろう。



「これからが話の本番になりますよ?」



何かを変えるには、単純に情報をいじれば良い。

何によっていじるかと言えば、情報しかない。



「『言霊』は情報をいじるためのツールであるのですよ、はい」



物には物体を構成している『情』があり、『報』を五感が受け取る。

『報』を五感が受け取れないからと言って、『情』が存在しない理由にはならない。

魔法や魔術はこの情報をいじって世界に影響を与える技術でもある。


心や五感、思考の方向や記憶も言葉で如何様にも誘導出来る。

『催眠術』なんかもその最たるものだろう。

『事』はエネルギーという情報なら、『言』という情報のエネルギーで影響を与える事が出来る。


『事』に影響を与える『言』は無意味な音では何の影響力にもならない。

言葉にちからを持たせなければ『言霊』にはならない。



うん、なるほど『情報』がちからを持って『魂』になるんだぁ。

魂魄こんぱく』というのはどうなんだろう。



「『言霊』は、天日万言あめひよろずこと文造主ふみつくり大神様の霊統を引いた『言知主命』、

 つまり、事代主神ことしろぬしのかみから始まるのですよ、はい」


「つまり『神は言葉なりき』ですかぁ」


「言葉と言う音声エネルギーに、情報という力を与えるための学問が『言霊学』なんですよ、はいはいはい、解りますか?」


「だいぶ具体的に解ってきました」


「まずは50音の相関を知るために、この国の言葉を学びなさい。

 50音図を差し上げますで、参考にされれば宜しいかと、はい」


「ありがとうございます」



何でもこの国は五種類も文字を駆使するらしい。

『漢字』『カタカナ』『ひらがな』『アルファベット』『絵文字』の五種類。

大体どこの国でも使う文字は一種類しかないはず。

どうなってんの、この国は。


漢字は中華で整えられたけど、源流は神代文字に行き着く。

この国の人にとって、三種の文字だけでは足りずに、濁音や破裂音が作られた。

最近ではアルファベット表記や絵文字で感情まで表現をする。

そして擬音オノマトペも類を見ないほど多いと言う。



うーん、『言』の世界は奥が深いね。



「何だか神聖ルーンより凄いものを教えてもらった気がするよね」


「そう思われますか、実は神聖ルーンや魔術の源流が『言霊』なのですよ、はい」



『言霊』が忘れ去られた世界では、足りない言葉で『事』に影響をもたらせようと工夫した。

補助として形や色を用いた魔法陣や呪符が編み出されたという。

更には精霊スピリットや天使、神の協力を契約してまで求めなければならなかった。


理解が深まる度に、もっと教わる必要がありそうだね。

私達の足りない言葉を埋めて、完全にしなければ『言霊』に近づけない。


誰だって一度聞いただけで全てを理解するなんて不可能だ。

理解を深めて行くように教えていける者は、優れた良い教師と言えるだろうね。

一度語っただけで、なぜお前は理解出来ないんだと怒る者は、教える能力の無い無能だね。







私達は何時までも事任ことのまゝ八幡宮に居座る訳には行かない。

今はお暇して時間を設け、勉強していくしかないだろう。



「私達の使う『漢字』は、この国からの逆輸入が7割もあるそうですよ」



何仙姑かせんこは(´・ω・`)ショボーンな顔で溜息をつく。



「ヒルトさん、次は何処を観光に行きますか?」


「うーん、そうだねぇ、諏訪大社に行って、次は白山神社で終わろうかな」


「アイヤー、それでお終いですか? 北海道にも行かないと」


「北海道に何があるんだろ?」


「そうですねぇ、まず本場の味噌ラーメンと函館のお寿司ですね」


「はいはい、何仙姑かせんこさんの目的はグルメ旅行だったっけね。

 取り敢えずは、ここの近辺でお茶と道具、うす茶あられを買い込んで行かなくちゃね」



私はお茶を淹れてもらった時に見た、あの赤い茶器が欲しいよ。

それにこの辺はお茶の産地で有名らしいし。



「そういえば、二柱ふたりとも何処にいるんですかね」


「だいたい見当はついてるよ」



そう言いながら、近くの道の駅に行く事にした。

ちょっと探せば、店の奥にジブリールver.2と武蔵くんがいて、アイスクリームを食べている。



「おかえりー」


「長かったね」


「あー、うん、凄く重要なお話しだったからねぇ」


「ヒルトさん、せっかくだから、私達も何か食べて行きましょうよ」


「そだね」


「アイヤー、私、大変な事見落としてた」



何仙姑かせんこが突然椅子から立ち上がった。

何を思い出したのか顔面蒼白になる。



「何?」


「横浜には中華街やラーメン博物館があるじゃないですか」



ラーメン博物館には全国有名店が集まっているらしい。

昭和初期の雰囲気を演出した会場に多くの店舗が集まり、

各地特色のあるラーメンを食べられるらしい。



「横須賀には三笠爺ちゃんがいるし、海軍カレーがあるよ」


「あー、はいはい、じゃぁ、そっちも行こうかね」


「やったー!」

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