第90話「富士山頂上浅間大社奥宮」

私達は富士山頂に登って来た。

山頂の方が見晴らしも良いし、人の出入りも少ない。

でも、下界を一望出来るのは素晴らしいし、夜景もきっと素晴らしいだろう。



ここには今でも建物だけは残っているけど、かつて観測所があった。

天気を観る観測所だったけど、今は人工衛星に引き継がれているそうだ。



「天空から色々監視出来るなんて神の視点だよ」


「そうは言っても、天空に神の座なんて無いですけどね」



成層圏の上には宇宙が広がってるだけなんだよね。

他にも電離層やオゾン層、など対流圏があるけど、神界はそこには無い。

ニムロド王がバベルの塔を造り、神の座に並ぼうとしたけど、その方法じゃあ無理だ。


宇宙は何時出来たのかを観測したり、計算して突き止めようと人は真実を探求する。

けど、そういう感覚や意識じゃぁ、全体像は見えないんだよね。

本来、時間は無いから、存在に気が付いた時に宇宙はあると言う方が正しい。


だから瞑目して自身の内を観察すれば、そこもまた宇宙だったりする。

ミクロコスモスとマクロコスモスは同じでもあって、全てはそこに在る。


あたかも眠りから覚め、意識が覚醒する時、あなたは何時からあったかと言うのと同じ事。

意識した時がビッグバンの時で、未来・現在・過去も同時にその時に存在した。

人は何時だって『今ここ』にしかいない。

そんな構造の中で一生懸命に観測したり、計算をしてるんだよね。

例えば宇宙は想像という観念の世界に果てはあるかと言うのと同じなんだよ。

想像の外からじゃないと全体像は見えないし、神の世界はそこに在る。





「あれが富士山頂上浅間大社奥宮ですか」



http://www.fujisan-jinja.com/shizuoka/fujisan_choujyo_sengen_taisha_okumiya/index.php

主祭神-浅間大神あさまのおおかみ[別称:木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと]

相殿神-大山祇神おおやまづみのかみ瓊々杵尊ににぎのみこと.


なのは同じだ。


私達は鳥居を潜り、奥宮の入り口に案内された。



「石造りで華やかじゃないねぇ」



まぁ、本宅麓の神社に対し離れでもあるから、華やかじゃなくても良いんだろうね。


巫女さんは奥宮を開き、私達一行を奥に案内する。



「私は着替えて来ますので、暫しお寛ぎ下さいませ」


「え? 着替えて来るって、主を呼んで来るの間違いじゃ?」


「実は私がここの主なんですよ」


「えええええぇぇぇl⁉」


「いやいやいや、以前にも似た様な事が」


「そういえば宇迦之御魂うかのみたま様にも引き留められましたよね」



巫女さんは木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様だった。

巫女衣装は作業着なのだとか。

女神にとって、儀礼で身に着ける華やかな礼装も仕事着になる。

プライベートで身に着けるのは、今風の普段着だ。

むしろプライベート空間としてそういうのが丁度良い。



「皆様はこういう静かな雰囲気がお好みかと」


「ええ、まぁ、参拝客でせわしないのは落ち着けないと言うか」


「皆さんは彼方此方あちこちでご挨拶に回っていると聞き及んでおりますよ。

 ですから、私の方でも歓迎の意を示そうと思いましてご招待したのです」


「お手数お掛けしてすいません」


「いえ、むしろ寄って下さらない方が寂しく感じますよ」


「そうでしたか」



皆そう言ってくれるよね。

ちゃんとした手土産が無いけど、私のアクアビットと神酒ネクタル、神酒ソーマ、各種果物で大丈夫かな。

木花咲耶姫このはなのさくやひめ様は酒も司ってるから、酒には厳しいかも。



木花咲耶姫このはなのさくやひめ様のお口に合うか判りませんが」


「ほう、珍しいお酒ですね。

 これより酒宴を開きましょう」



私の出した酒を気に入ってくれたようだ。


木花咲耶姫このはなのさくやひめ様は侍従に肴の用意を申し付け始めた。

別の侍従達は各種様々な酒類を運び込んでくる。

ここでも女神の酒宴が始まった。


数々の料理は、ここでも懐石料理形式だ。

船盛という舟形の器に盛られた刺身の数々が、これまた豪華で良いね。

黄色い菊の花も食べられると言う。



「流石ですね、料理も凄いし、お酒を司っておられるから今まで見た事が無いお酒ばかりですよ」


「それでも、ネクタルやソーマといった神酒までは中々手に入らなかったんですよ」



言われてみれば、特殊効能のある神酒はこの国には無いね。

あくまでも普通の酒を御神酒おみきとしているだけだ。

神酒ノ尊ミキノミコト』なんて仰々しい銘柄もあるけど、普通の酒だ。


用意された酒は日本酒が多い。

桜を司っていると聞いてたから、チェリー酒を連想してた。

この国の人達は桜の花が好きなようだけど、サクランボの方を重視しないのかな。

エールや蜂蜜酒ミードが無く、殆どが米で造られた酒だけどフルーツ感がある。


口噛み酒が無くてホッとする。



「お望みなら、口噛み酒も用意できますよ?」


「いやいやいや、それは結構と言うか。

 そういえば、ネクタルやソーマのような神酒は無いんですね」


「この国では神人共食の精神から、神専用の酒は存在しないんですよ」



木花咲耶姫このはなのさくやひめ様は少々残念そうに説明してくれる。

元々御神酒とは『初穂で醸造した酒』を指したそうだ。

日本書紀にも『この神酒は我が神酒ならず。倭なす大物主の醸みし神酒哉(なり)』とある。



「へー、色の付いた日本酒もあるんですね」


「えぇ、それは古代米で造られているのですよ」



古代米黒米を用いて、10年以上熟成した純米古酒はの琥珀色で美しい。

口に含めば、キャラメルやナッツを焦がしたような熟成香と味わいが嬉しくなりそうだ。


ジブリールver.2は酒を覚えるために、片っ端からテイスティングを始めている。

子供が酒を飲んでいるのはどうなのという光景だ。



「ん、お酒覚えた、これでいつでも造れる」


「ネクタルやソーマも出来るの?」


「はいですの」


「そっかー、じゃぁ残りの心配しなくて良さそうだね」


「大丈夫ですの」


豊宇気姫とようけひめ様は凄い者を付けてくれたのですね」


木花咲耶姫このはなのさくやひめ様は解るんですか?」


「当然です。

 酒を司る豊宇気姫とようけひめ様は同僚とも言えるでしょう。

 何より同じ顔をしているのだから、分御霊わけみたまだとすぐに判りましたよ」



解ってないのは私だけだったようだ。

ラホールで出会ったジブリールなんか、生意気な子供位にしか思わなかったし。

何かバツが悪い。

話題を変えなくちゃ。



「この国の霊山最高峰におられる木花咲耶姫このはなのさくやひめ様は最高神じゃないんですね」


鸕鶿草葺不合うがやふきあえずの時代は麓に首都があった事もあったのですよ」


「首都って彼方此方あちこち動くんですかぁ」


「時代時代の都合で遷都しますよ」



富士山の麓に首都があった時代は『富士王朝』と呼ばれて74代続いたらしい。

瓊瓊杵尊の孫が鸕鶿草葺不合うがやふきあえずのみことになるから徐福とは別人だ。

母親の豊玉姫が「彦波瀲武ひこなぎさたけ鸕鶿草葺不合うかやふきあわせず」と名付けたという。


系譜を示せば。

瓊瓊杵尊→彦火火出見尊山幸彦鸕鶿草葺不合うかやふきあわせず尊74代→神日本磐余彦かむやまといはれびこ天皇のすめらみこと(神武天皇)→皇室となる。


うーん、縄文時代以前から続いてるって凄過ぎる。


大まかに言えば、テラフォーミングの区切りがついた時点で国造りが始まる。

当初は人口密度が低いから、彼方此方あちこちで地方豪族が出来始めた。

その間も惑星全体に人類は広まっていくから、上層部は面倒を見ていた。

外国では地方豪族が民族国家に発展しながら、民族同士の統廃合は頻発し今も続いている。

この国に神武天皇が立って、本格的国家統一が始まって今に至る。


それがこの国も含める世界の歴史だったんだ。



私がウンウンと納得していた時、料理長が挨拶に来た。

女性の料理長だ。



「皆様方、料理は堪能いただけたでしょうか。

 私が本日の料理長を務める大山祇おおやまづみと申します」



女性の料理長だと思ってたら、料理の女神様だったんだ。

考えてみれば女神に出す料理を人間が造れる道理が無いか。


大山祇おおやまづみ様は料理の蘊蓄うんちくを語る。


桜エビは駿河湾沖でしか獲れない、特別食材として珍味らしい。

エビとは言うけど、実際はプランクトンのたぐいで、オキアミの一種。


やたらと大きなカニがあったけど、それはタカアシガニだと説明された。

漁港もあり、マグロも取れるから、寿司も結構有名らしい。



「アイヤー、桜エビは何とも」


「地元では昔からお好み焼きの具にも使いますね」


「へぇー」



お好み焼きの起源ははっきりしないけど、結構地方の特色が出ると言う。

広島風、関西お好み焼きは食べたから知ってるけど、昔は子供のおやつに駄菓子屋でやっていた事もあるらしい。

静岡県西部では、遠州焼きという焼き方で二枚、もしくは三枚に折り畳むと言う。

京都ではソースを使う事から壹銭洋食という言い方もあったらしい。


元々の日本料理は『季節』と『健康』が考えの基本にあるらしい。

季節毎の最高の味が一番美味しいという事だ。

その美味しさを料理でどこまで引き出すかを追求しまくって来た。

その精神が盛り付けにも美的感覚として現れるんだろうね。



「『季節』と『健康』ですかぁ」



北欧や欧州では考えられてるのかな。

むしろ肉料理がメインだと考えてないのかも。

盛り付けの美しさも考えに無いだろう。

この国は『美的感覚』も凄いと思う。

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