第89話「富士山本宮浅間大社」

富士宮の街は遠くからも、穏やかで雅な神気に包まれているのが解る。

富士山本宮浅間大社は思ったより街中に在る。

http://www.fuji-hongu.or.jp/sengen/hongu/index.html

観光名所だから仕方ないと思うんだけどね、基本神社は杜に囲まれてないと。


主祭神は浅間大神(あさまのおおかみ)事、木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様。

相殿神として大山祇神おおやまづみのかみ様と瓊々杵尊ににぎのみこと様。


木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様は酒と桜の女神として有名だそうだ。



「お酒と桜を司ってるのかぁ。平和で良いね。

 戦女神がいないのは良い事だ」


「ヒルトさん、この国にも戦神がいますし、数が多いですよ」


「そうなの?」



並みいる戦神の中に神功皇后じんぐうこうごうという戦女神がいるらしい。

住吉大社の一柱ひとりであり、応神天皇と共に八幡三神の一柱ひとりだそうだ。

今は平和な国家だけど、倭民族は戦闘民族でもあったらしい。


島国しまぐに国家だけあって、海上戦力も強く海賊の名も高かったとか。

山田長政はタイで王様になったと言う。

それも植民地としてではなく、タイの民族の長として治まったそうだ。



「うーん、海賊かぁ、バイキングと同じだよね。

 イングランド王国の王はバイキングだったし。

 なんか、親近感を感じちゃう」



海賊に女海賊もいるのは有名だ。

インゲン・ルーア赤い娘という女性戦士が、バイキングの船隊をアイルランドへと導いたとあるし、ビルカの戦士も女バイキングだった。

13世紀の「ボルスンガ・サガ」を含むバイキングの物語の多くに、男性戦士と共に戦う「盾を持った乙女」が登場する。その中にワルキューレがいたかもしれない。

18世紀にカリブ海を荒し回ったメアリ・リードと、アン・ボニーは実在した女海賊だ。


この国で女性の有名所では、巴御前という女傑もいたようだ。

敵の包囲網を単騎で突破した話は有名だ。

そんな武将で他に思い付くのは、三国志で蜀の五虎将軍の一人、趙雲子龍くらいしかいない。



「巴御前って、趙雲子龍と同等の武力があるって事?」


「それは言い伝えだから何とも……」


「そんなのが戦女神だったら、アテナとやり合えるかも」



戦国時代は城主の妻や娘達は自衛の手段として、薙刀をとり甲冑で武装するのは当たり前だった。

一柱ひとりで敵神族を殲滅したチャンディードゥルガー様の実力の底はまだ見えないなぁ。



「おかしいな、ここも千木が外削ぎになってる」


「それが何か?」


木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様は女神のはずなんだけど、

 社殿の千木は外削ぎだから、男神を示してるんだよね。

 女神様が主祭神なら内削ぎといって上が平らになるの」


「アイヤー、そんな決まりがあったんですか」


「表に出せない神様がいるのかもしれないねぇ」



平和な内は木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様が表に出ている。

そういう時期は女性神らしく、平穏と豊かさが反映される。

国内が不穏になったり、国家存亡に関わる事になったら、瓊々杵尊ににぎのみこと様が表に出るのかも。

多分、その時に富士の山は神々の怒りとして噴火するのだろう。



「そのように国を守る神々がおられるは羨ましいですね。

 私の国の盤古ばんこ様と女媧じょか様は一体何をしておられるのやら」


「そういえば、中華の世界は皇帝が途絶えてるんだっけ」


「そうなんですよ、誰かが政治のトップにいても、泰山で封禅ほうぜんの儀をしないと神々から皇帝と看做されません」



中華では神以外の者が、神に取って代わろうとしている。

そんな状況はバベルの塔の神話に似ているかも。

でも目の前の利権にしか目がいかない人間には無理なんだよね。

人は神の言葉を聞いた方が良い。






私達は案内看板に従って正面大鳥居から長い参道を進み、鏡池を観る事にした。

楼門より入り参拝して、湧玉池神田川沿いのふれあい広場の順で進んで境内を一周する事にした。

結構参拝客も多いから、拝殿で参拝しても呼び止めは無かった。



「神社やお寺ってアミューズパークっぽいよね」


「アイヤー、昔からそうでしたよ。

 お祭りや縁日には露店が並びますし」



露店というのは単に店というだけではなく、非日常を演出しているらしい。

お祭り価格という事もあって、露店は割高だったんだ。

この国で結構ネタも仕入れたから、国に帰って露店を出すのも悪くないと思うんだけどね。

そういえばグラズヘイムにお祭りってあったっけ。





楼門は2階入母屋造で、正面・左右脇に扉が付いていた。

門の左右には随身が安置してあり、背銘に慶長19年(1614)の年号があった。

楼門に掲げる扁額は、聖護院入道盈仁親王の御筆で文政2年に制作されたものだそうだ。





楼門前の池で鏡池は眼鏡池とも云われているらしい。

中央にある石造り輪橋は大正4年御即位記念として改められたという。





「境内に馬場が有るんだ」



桜の馬場は5月5日に流鏑馬式の神事が執り行われるそうだ。

馬場に御神木の桜と境内に500本以上の桜が植えられ、春には桜の名所として賑わうという。



「ここで花見の宴が出来るのかぁ」


「良いですねぇ、桃園も良いんですが、桜も格別と言うか」


「この国の人って桜が好きだねぇ、実を付けないのに」


「有名なソメイヨシノは品種改良で作られた園芸種だから自生はしないんですよ」


「へぇ、何でも改造しちゃうんだねぇ」





楼門前の石段上に鉾立石が飾られている。

明治初年まで行われていた山宮御神幸の際、神鉾を休め奉った所だそうだ。





湧玉池は特別天然記念物に指定されていて、富士山の雪解け水が何層も重なる溶岩の間を通り湧出するらしい。

清水の湧出する水源の岩上には朱塗の優雅な水屋神社があって、富士山登山者はこの霊水に禊ぎをして登山する古くからの習わしがあるという。



「ここで禊をしなきゃいけないのかぁ」


「結構厳しいですね。

 雪解けの水なんて冷たいと思うんですけど」



こんな具合に私達は境内をだらだらと観て歩く。

そんな時、ジブリールver.2と武蔵くんが、私と何仙姑かせんこを呼びに来た。

見れば遣いだろう巫女さんが、ジブリールver.2達に伝えたようだ。



「ヒルト様、いま巫女さんがね、奥宮の方にもお出で下さいって」


「あの人が僕たちに、これをどうぞって」



二人は飴のお土産を貰ったようだ。

縦長の袋に『千歳飴』って書いてある。

時期じゃないし、たぶん七五三の売れ残りの千歳飴かな。

でも子供組は喜んでるから良いか。



「それにしても、あの山の頂上に登らなきゃならないのかぁ」



私は青くそびえる富士山を仰ぎ見て溜息が出る。

思えばオリンポスも山の上に12神の大神殿があったよね。



「この国で有名な山なんですよ。

 一度くらいは登ってみないと損だと思いますよ」


「何だか面倒くさい」


「でも、せっかくのご招待も頂きましたからね」


「そだね、断るのも悪いし」



富士山本宮浅間大社は、富士山登山道の入り口になっている様だ。

ここで満足している様では、木花咲耶姫このはなのさくやひめのみこと様にご挨拶した事にならないようだ。

これで満足して帰ったら、森の石松の金毘羅参りと同じになっちゃう。



私達は巫女さんの案内で奥宮に向かう事にした。


それにしても登山着でもない巫女衣装で富士山頂に案内するあの巫女さんは人間じゃないね。

そもそも人間に私達が見えている訳が無い。

まあ、女神様のお遣いならそうかもしれないけど。

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