第85話「伊勢神宮 外宮」

私と何仙姑かせんこはついに伊勢にやって来た。

https://www.iseshima-kanko.jp/spot/1659/


伊勢神宮と一口に言っても、実態は二つの神社をメインとして周りに125と多くのほこらが点在している。

二つの神社の一つは天照大神様を祀る本宮瀧原宮。

もう一つが天照大神様のお食事を受け持つ外宮げくう豊宇気姫とようけひめ様が祀られている。


旅行ガイドにも『伊勢市の中心部、高倉山を背にして鎮まります豊受大神宮は、豊受大御神をお祀りしています。豊受大御神は内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神みけつかみであり、衣食住、産業の守り神としても崇敬されています』とある。


参拝にも作法があって、外宮げくうを先に参拝し、その後内宮へ行くのが正式なお参りの順序だと聞いた。

だから私達もその順番でご挨拶に伺う事にする。



「ここにジブリールさんは来たがっていましたね」


「うん、ヤーベは何処にいるんだろ。

 ジブリールの気持ちを届けてあげないとね」



境内の玉砂利を踏みしめながら、拝殿に向かう。

屋根には外削ぎの千木が見えた。

何かが気になるけど、重要な事じゃ無いだろう。

いつも通り声を掛けた。



「ごめんくださーい」


「外国の方々、良くお出でになられました。

 豊宇気姫とようけひめ様がお待ちですので、ご案内いたします」



私達が訪れる事を知っている様だ。

何方どなたかが連絡してくれたのかな。


巫女さんが私達を本殿の奥に案内してくれる。

やがて一つの部屋の前で、中にいる主に報告をする。



「お客様方をお連れ致しました」


「お通しして下さい」



障子の奥にいるのが、ここの主である豊宇気姫とようけひめ様だろう。

巫女さんは静かに障子を開け、私達に入室を勧める。



「初めまして、豊宇気姫とようけひめ様」

「この国へは旅行で、ご挨拶に伺いました」


「遠方よりお疲れさまでしたね」



豊宇気姫とようけひめ様の顔を見た途端私は固まった。



「え? ジブリール?? じゃないですよね?」

「…………ジブリールさん?」



豊宇気姫とようけひめとジブリールがそっくりだった。

まさかジブリールが化けて出たんじゃないよね?

と言うより、豊宇気姫とようけひめ様は年取って成長したジブリールっぽく見える。



「まさか豊宇気姫とようけひめ様はジブリールの母君って訳じゃないですよね?」


「ふふふ、別に母親ではありませんよ」



実は豊宇気姫とようけひめ様の分御霊わけみたまがジブリールだと説明を受けた。

ジブリールはどこかで記憶を失い中東の天使達と共に働いていたようだ。

ああ見えても何やら大変な人生を歩んでたんだ。

もし生粋の天使なら、ここまで着いて来なかったに違いない。


改めて調べてみるとジブリールって『天女豊受姫』とも書かれている物が見つかった。

いやぁ、全然気が付かなかったよ。


豊宇気姫とようけひめ様はジブリールの逸話を聞かせてくれた。

『丹波国風土記逸文』奈具社の縁起羽衣伝説に有るのはジブリールの事らしい。


その逸話は、


丹波郡比治里の比治真奈井で天女8人が水浴をしていた。

天女の一柱ひとりが老夫婦に羽衣を隠されて、天に帰れなくなってしまった。

その天女の名前は『豊受姫』。

天女は仕方なく、その老夫婦の元で暮らす事になった。

万病に聞くという霊酒の作り方を教え、たちまち老夫婦は巨万の富を得る事が出来た。

富を得た老夫婦は、天女が次第に邪魔になり追い出してしまったそうだ。


その後のジブリールがどういう経緯で中東に行って、天使の一柱ひとりとして働いていたのかは判らない。

でも本体である豊宇気姫とようけひめ様は、ここ度相宮わたらいのみやから動く事は出来ない。

伊勢神宮の所管社である御酒殿みさかどのの守護神・醸造神としてここにいた。

最初から天照大神様にお仕えしていたのだから。



「ここにも羽衣伝説があるんだぁ」


「貴女方が私の分御霊わけみたまジブリールを大事に思って下さることは知っていましたよ。

 ヒルトさんがジブリールのために泣いて下さるなら、新たな分御霊を差し上げても宜しいと思っています」


「いやぁ~、私って国に帰れば社員寮暮らしだから、連れがいるのはちょっと……」


「お困りになられるなら、私からもオーディン殿に一筆啓上しますよ?」



豊宇気姫とようけひめ様にはある思いがあるらしい。

分御霊であるジブリールの体験や心は、本体である豊宇気姫とようけひめ様にフィードバックされると言う。

つまり、ここにいても世界情勢を知る事が出来るという事でもあるのだそうだ。

ジブリールは豊宇気姫とようけひめ様でもあるけど別人格なのだと言う。


うーん、分御霊わけみたまが創れない私にはよく解らん話だ。


元々豊宇気姫とようけひめ様は御酒殿みさかどのの守護醸造神だから、

新たなジブリールは、あらゆる神酒を造る事が出来る能力が有るという。


ヤーベの下にジブリールの想いを届けるのに、ジブリールはいた方が良いだろうけど。

私達にしても喪失感の慰めにもなる。



「まあ、新たなジブリールがウザく無ければ」


「前と同じ記憶や人格は無いので、良い子に育てて下さいませ」


「……そうですかぁ」



何とも複雑な気分になった。

失ったジブリールの代わりに、製造元から新品のジブリールを受け渡されたと言うか。

豊宇気姫とようけひめ様のダウングレードといった感じなのかな。

新たなジブリールもチビッ子バージョンだ。

でもジブリールは物じゃないんだよね。



「それにしても分御霊わけみたまって、どうやってるんですかぁ?」



思えばチャンディードゥルガーも創っていたころを聞いた事が有る。

アースガルドでは分御霊わけみたまって聞いた事が無かった。

上級神じゃなきゃ出来ない技なのかな。



「分御霊というのは、そうですねぇ……」



豊宇気姫とようけひめ様は二本の蠟燭を用意して一本に火を灯す。



「この炎が私達とします」



燃える蠟燭の火で、もう一本の蝋燭に火を灯す。



「この様に同じ炎は二つになりますね? 

 分御霊わけみたまというのは、この炎の様な物なのです」



何だか解ったような、それでも解らない。

簡単に言えば『分身』とか?

分身と言い切るには、何かが微妙に違うと言うか。

『分裂』とも何かが違う気がする。



「秘文祝詞のりとを思い出してみれば如何でしょう?

 【それ神は唯一にして、御形みかたなし、虚にして、たま有り】ですよ」


「それが奥義ですか?」


「奥義というほどの事ではありません。

 良々熟考されれば、自ずと体得出来ている事でありましょう」


「うーん、私が考えて理解できるものなのかな……」


「ヒルトさん、私にもお手伝い出来るかもしれません」



何仙姑かせんこには理解出来る様だ。

さすが八仙の一柱ひとりと言うべきか。




「それと、前のジブリールはアッラー様に会いたくて私達と旅を続けて来たんです。

 ジブリールの想いを届けたいと思うので、アッラー様が何処にいるか教えてもらえませんか?」


「彼は外宮内の『多賀宮たかのみや』におりますよ」


「『多賀宮たかのみや』ですか」






私と何仙姑かせんこは御朱印とジブリールとオーディン様への手紙を受け取って度相宮わたらいのみやから辞して『多賀宮たかのみや』を探す事にした。


多賀宮たかのみや』の御祭神は豊受大御神荒御魂様。

https://www.isejingu.or.jp/about/geku/betsugu.html

要するに豊宇気姫とようけひめ様の別人格。

その別人格邸にアッラー事ヤハウェは居候している訳だ。




ヤハウェ、又はヤーベは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に共通する唯一神として知られている。

エホバJehovahという呼称は、この習慣を忘れた16世紀以来のキリスト教会の誤読に基づく。


元々はユダヤの一部族の先祖神であった。

戦争に弱い彼等は戦争に負ける度に、神に護られし我が民に何故こんな苦難を与えるのかと嘆いた。

信仰解釈を広げ、主は全人類の神なのだと解釈をする。

信仰が足りないから、他民族を使って罰をお与えになったを思いを変える。

そんな具合に青銅器時代、アブラハムの宗教は広がった。


聖書と言うのは青銅器時代の文化の上に立脚しているから、今とは風習や考えが間違う。

当時としては、他民族は蛮族で奴隷にしても良いとされているし、

先祖神が導くのは自分の子孫だけ、但し戒律に背く物には罰を与える。

決して全人類の神ではない事を肝に銘じておくべきじゃないだろうか。


世界を構成する全てなるものは非人格であって、人格神もその内在物に過ぎない。

人格や感情がある故に輪廻転生の籠の中の存在になる。


一つ大きな問題があって、男性原理の唯一神というのは、女性原理が欠落している。

世界に男と女、二極がいるのには理由がある。

人格神で独り神というのは、欠落していて本来宜しくないのだ。



「ごめんくださーい」


「はいよ」



本殿の奥から、髭を蓄えた男がのっそりと現れた。


彼がアッラー事、ヤーベに違いない。

かつてユダヤ教・キリスト教・イスラム教と三度導いた。

しかし結果として、紛争地域が出来ただけ。

それ以来、ここに落胆して隠遁しているのかぁ。



「貴方がアッラーでもありますね?」


「そうだが」


「私達は貴方に会いたがったジブリールの想いを届けに来ました」


「一緒に連れている子はジブリールじゃないのか?」


「この子はジブリールver.2です」

「先ほど豊宇気姫とようけひめ様より賜りました」


「そうか、儂に会いたくて、この国に貴女方と来たのか」


「来る途中で闘いがあって、彼女は亡くなってしまったんですよ」


「そうであったか、想いを届けてくれて感謝する。

 もう守護天使のジブリールはもういないのか」



感謝の言葉は貰ったけど、何だか有難味を感じない。

彼が何を思うか知らないけど、ここにこっそりと隠遁してるくらいだ。

その後の活躍も聞いた事が無い。

それは何かと言えば、推して知るべしって所だね。


これ以上関わっても良い思いは帰って来ないだろう。

私達は次の観光に向かう事にする。



「ヒルトさん、門の外の『おかげ横丁』で伊勢うどんを食べて行きましょうよ」


「伊勢うどんねぇ」



伊勢うどんは想像と違って、驚くほどコシが無く柔らかいうどんだった。

何でも昔、伊勢参りで歩いて来た旅人の健康に気遣って、消化が良い様に三時間も茹でるそうだ。


私達は伊勢神宮 内宮に向かう事にした。

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