第83話「決着」

「おのれ~~、よくもジブリールを、お前は絶対に許さん」



私は神聖ルーンを発動する。


「Puhdistuksen liekki polttaa kaikki pahat asiat ja johtaa ne pyhän tyhjyyden loppuun

(浄化の炎よ全ての悪しきものを焼き尽くし聖なる虚無の果てに導かん)」



私は怒り、ジブリールの無念、何仙姑かせんこの正義感、宇迦之御魂うかのみたまの怒り、荼枳尼天ダキニテンの無念、皆の想いを火炎の力に変えて死門から叩き込む。


呪殺の箱の怨霊は火炎に飲み込まれ、灰燼すらも許さぬとばかりに浄化されていく。

浄化の火炎は怨念も霊魂も魂魄も残れず焼き尽くされ無に帰し、奇門遁甲陣の中で荒れ狂う。



「うわっ、こんな所で火なんか使いやがって。

 ゲホッゲホッ、熱いっ、くそっ、逃げる先は無いものか。

 こんな所で死んでたまるか、どこか、何処か無いか?」



必死になって逃げ道を探す術者だが、奇門遁甲陣の中で逃げ道は無い。

目の前に井戸はある。

火炎から逃れるには井戸の中しかないだろう。


しかし、この井戸は邪悪なるものを吸込み、蟲毒の坩堝と化す地獄穴だ。

術者には浄化の火炎で焼け死ぬか、自ら『地獄穴』の餌食になるかの他に道は無い。

今正に命の危機迫る刹那、自らの生存本能は井戸に身を投じる道を選んでしまった。


『地獄穴』は術者と呪殺の箱の怨霊の残りを井戸の底に吸い込んで行く。

あたかもブラックホールのように、邪念も怨念も憎悪も恐怖も苦しみも吸い込んだ。

吸い込まれた先にあるのは、怨霊、邪念、怨念、憎悪、恐怖、苦痛の渦巻く蟲毒の坩堝。

ドロドロとした負の情念同士が互いを喰らい合う地獄から脱せるものはいない。



「終わったね……」


「可哀想なジブリールさん……」


「皆さん、邪悪なる者の討伐、有難うございました」


「これでやっと私の眷属の無念も晴らす事が出来た、礼を言う」


「まだですよ、あの井戸を何とかしないと」


「む、そうであったな」



何仙姑かせんこは奇門遁甲陣を解いた。

井戸には再び封印を掛ける事にした。


『地獄穴』なる井戸は神々によって徹底的破壊の末、浄化をして埋めてしまう事になった。

中心核となる穢れた呪物は、炎の浄化後に黄泉の国に封印するという。



「私達も旅の先を目指しましょうか」


「そうですね、せめて伊勢神宮にお参りしてジブリールさんの想いを届けないと」


「そうだね」



居たら居たでウザイと思っていた。

けど、居なくなったら喪失感に苛まれてしまう。


つくづく私は力不足だね。

神族とはいえ下級神だから仕方が無いと思ってた。

しかし、いざという時、目の前にいる者を助ける事が出来る力が欲しい。



「ヒルトさんも喪失感に苛まれているんですね」


「まあね、私にもっとちからが有ればジブリールを助ける事が出来たかもって思っちゃうんだよね」


「旅行が終わっても、その気があれば私の所で修行を付けてあげましょうか?」


「え? 良いの?」



でも人が仙人になる修行は解るとして、神族の私じゃどうなのかな。


宇迦之御魂うかのみたま様が私達に語り掛けて来る。



「お二方、これより旅を続けられまするか?」


「ええ、この後は大阪に行って、熊野古道を通り、伊勢神宮に行こうかと」


「ならば、今回のお礼を差し上げたいと思います」



宇迦之御魂うかのみたま様は『稲荷大神秘文祝詞のりと』と御朱印をくれた。


秘文祝詞のりとは折り畳んだ経文の様な冊子になっている。


内容は【それ神は唯一にして、御形みかたなし、虚にして、たま有り。天地あめつち開闢ひらけて此の方、国常立尊くにとこたちのみことを拝し奉れば、あめ次靈つくたまつち次靈つくたま、人に次靈やどるたま。豊受の神の流れを宇迦之御魂命うかのみたまのみことと、生出給なりいでたまう】と書かれている。


豊受の神って事は、伊勢神宮と関係があったんだ。


まあ、神々の系譜を辿れば、みんな連綿と繋がってるよね。

ん? これって私にも分御霊が創れるって事かな。

よく判らんけど何かのヒントかも。



荼枳尼天ダキニテン様からの餞別は陶器製のキツネの人形だった。

単なる置物じゃなく、眷属である七尾白狐の依り代だと説明を受けた。

旅の途中で路銀が足りなくなった時、依り代に命じれば資金を調達してくれると言う。


船魂『武蔵』くんに続いて、便利アイテムがまた手に入ったよ。

何か名前を付けてあげようかな。

そうだねぇ、キツネに関する名前だと葛葉とか玉藻とかあるし。

北のお土産品のまりもに因んで『丸藻まるも』とでも呼んであげよう。


私は有難く『丸藻まるも』も亜空間収納に仕舞い込んだ。



宇迦之御魂うかのみたま様、荼枳尼天ダキニテン様、お世話になりました」

「ではこれでおいとまします」


「私共も大いに助かりました。

 またいつでもおで下さいまし」


其方そなた達ならいつでも歓迎しますよ」



「ではこれで」

再見ツァイツェン、女神様方、また逢う日まで」





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「さあ、ヒルトさん、いよいよ大阪ですよ、食い倒れの聖地です」


「グルメ旅も良いけど、倒れるのは嫌だなぁ」


「アイヤー、それだけ色々と沢山珍しい食べ物であふれてるって事ですよ」



何仙姑かせんこが言うには、たこ焼き、お好み焼き、串カツ、焼肉等々があるらしい。


何だかどれもストリートフードっぽい感じがするよ。

国に帰った時、良い商売ネタにはなりそうだけど。






私達は世界観に見合う服に着替えて街に出る。

大阪が摩天楼ひしめく大都市だった事に驚いた。

昔は『上方』とか『天下の台所』とか呼ばれていたらしい。

これほど発展してるとは、昔の為政者は良い仕事をしたんだね。


何仙姑かせんこが言うのは、大阪から電車で30分の所、『三田さんだ』の弥勒寺という所では『天道』の施設があるという。

そこでは道教の神々を始め、様々な神々が降臨して「飛鸞宣化ひらんせんか」、扶箕フーチ形式で砂板に文字を書かせて直接神託を授けているそうだ。

しかし砂板に一々ひらがな一文字づつ書かせるなんてご苦労な事だよね。

そこでは何仙姑かせんこの同輩の呂 洞賓りょ どうひんの御聖訓があると言う。


人にしたら、神々より直接神託が受けられるのは魅力的だろうね。

どれほどの神官が神より言葉を授かりたいか。

神官にとっての理想形態がそこにあると思う。


私としたら人に文字を書かせる立場だろうけど、知らない人に何も言いたい事は無いし。

まぁ、今回はパスだね。


後は何仙姑かせんこと一緒に様々な味覚を堪能しまくった。


何てったって『たこ焼き』というボール状の料理が面白い。

沢山の窪んだ鉄板が無いと作れなそうなのがアレだね。

だから、たこ焼き用の鉄板も買って行く事にした。

ついでに卵焼き用の四角いフライパンも買う。

とにかく、この国には珍しくて面白い物や美味しい物が多い。


ここでの『お好み焼き』は自分で焼く事が出来る。

客が自分で料理するレストランなんて初めて見たよ。

自分で作ってみると意外に面白い。



腹ごなしに私達は木陰のある図書館で一休みする事にする。

船魂『武蔵』くんは最新事情を勉強するのだと図書館に入って行く。

彼は勉強熱心なんだねぇ。

まぁ、70年以上も海の底で英霊達に護られてたから、最新事情なんか知らないのか。


やがて戻って来た武蔵くんは興奮気味に語ってくれる。



「ヒルト様、何仙姑かせんこ様、最新の技術発展は凄いです」



水中翼船・ホバークラフト・潜水艦・イージス艦など新しい知識を吸収してきたと言う。

原理が解れば、依り代の小芥子コケシを舟にセットオンすれば機能を持たせられるらしい。

うーん、このチート小僧め、君は凄いよ。

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