第80話「宇迦之御魂」

「異国から参られた皆さん、お参りはして行かれないのですか?」



私達を引き留めたのは、巫女姿とも違う古代風の衣装の女性だった。

こういう衣装の者で私達が見えるなら、彼女が誰だか見当は付く。



宇迦之御魂うかのみたま様?」


「はい、その通りです。

 どうしてご挨拶も無しに行かれようとしてるのかと、それに……」


「先を急ごうと思ったから仕方が無いのじゃ」

「いやいやいや、出雲の父君の所にも寄ったんだから、御挨拶の一つ位して行くのが筋だって」

「アイヤー、失敗するところでしたね」



女神・仙女・天使のグループなんて珍しいから目立ったようだ。

今本殿で歓迎の用意をしてくれていると言う。



困ったね、お土産を用意して無かったよ。

取り敢えず私のアクアビットと桃園の果物で良いかな。

何仙姑かせんことジブリールからも供出してもらう事にする。



荼枳尼天ダキニテン様のお姿が見えませんね」


「彼女は今出張中なんですよ」



稲荷神社は国内に境内社・合祀など全ての分祀社を数え32000社以上あるらしい。

そればかりか屋敷神として個人や企業などに祀られているものや、山野や路地の小祠まで入れると稲荷神を祀る社はさらに膨大な数にのぼるのだとか。

凄い勢力を誇っているんだね。


商売をするに利益をもたらす援護をしてくれるのがお稲荷様だ。

それはそれで素晴らしいと思う。


けど気を付けなければいけない事が有る。

お稲荷様を祀るのは『神との契約』を結ぶ事でもある。

神との契約は一度でも背くと、凄いペナルティを課せられる事になる。

特に聖天様事、ガネーシャ様はあまりにも強力だから秘仏とされるほど。


キツネという動物霊が配分される利益の幅を調整するから必ず歪みが生じる。

平たく言えば、『神との契約』の下にどこかの利益の一部をこちらに持って来る。

キツネは上級神の様に全てを富ます事は出来ないのだ。

くれぐれも『神との契約』は何の覚悟もせずに結ばないように。





お招きされた部屋は厳島神社のように、朱の柱に白い壁、畳敷きの部屋だった。

部屋の奥では眷属の巫女さん達が音楽を奏でてくれる。

各自の前には一柱ひとり一善の箱膳が用意されている。

御神酒を注いでくれる巫女さん達も眷属だねきっと。



「お二方は、京料理は初めてでしょう? 国外の方達なので奮発したのですよ」



宇迦之御魂うかのみたまは嬉しそうに料理を勧めてくる。

ん? 一柱ひとりは京料理を知ってたのかな?


懐石料理とかこういう料理って一品一品の量が少ないね。

酒の肴としてチビチビ摘まむのにも丁度良い。

しかも宇迦之御魂うかのみたまは豊穣神だから、料理の食材が豊富過ぎる。


時間を置いて次々と数多くの料理が運ばれて来る。

こういう美的感覚と方式を取り入れたのが近年のフランス料理だ。

大体何処の国も贅沢さを演出するため、一度に沢山用意して華やかさを演出しちゃうんだよね。



「素晴らしい歓待を頂いて、旅行で来た甲斐がありますよ」

「料理の盛り付けがこんなに美しいとは、それに一人用の鍋? これ良いですね」

「お、美味しいのじゃ」


「皆さんのお口に合って宜しゅう御座いました」



あんな座り方は私達の文化には無いから、行儀が悪くても膝を崩すしかない。

目の前に座る宇迦之御魂うかのみたまは、正座で綺麗な姿勢で座って微笑んでいる。

う~ん、こういう笑顔を『トホカミエミタメ』って言うのかな。

そしてここでも私達の旅の話題を喜んで聞いてくれる。





話題も弾んで楽しく過ごしている頃、侍従が宇迦之御魂うかのみたまに伝言を告げる。



荼枳尼ダキニ様がお戻りになられました」


「そうですか、こちらにお通しして」


「それが……」



何やら不穏な状況らしく、驚いた宇迦之御魂うかのみたまは退室をした。

別の部屋では巫女達が慌ただしく動き回っている様子が伝わって来る。



「何が起きたんだろ」


「何やら深刻そうなのじゃ」


「アイヤー、緊急事態ですか」



突然の事態に私達はどうして良いか判らない。

お暇するにも黙って出て行くにもいかないし。

かといってボサッと座ってるのも何だし。


私は歩き去ろうとしている巫女さんに声を掛けてみた。



「どうしたんですか?」


荼枳尼ダキニ様が怪我を負われまして」



ここの神社の御祭神の一柱ひとりが怪我を負って戻って来たと言う。

神が怪我を負うなんて大事だ。

何か問題があって荼枳尼ダキニが問題解決に動いていたという事なんだろうか。

そして事故にあった? もしくは問題解決に失敗した? 何者かに返り討ちに合った?



「お見舞いに伺っても良いですか?」


「そのお言葉はお伝えしておきますが、少し落ち着いた後げなければ」


「それは仕方が無いのじゃ」


「そうですね、私達も落ち着くまでお待ちしましょう」



私達は部屋の座布団に座り直し、宇迦之御魂うかのみたまを待つしかなさそうだ。

暫く待っていると次女と思しみ巫女が伝言を持って来た。



「突然の事で申し訳ありませんでした。

 宜しければ後日御出で頂ければとの事でした」



私達は再来訪の許可証として御朱印を貰って出直す事にする。


京都伏見稲荷は夜でも営業しているらしい。

他の神社では神の営業時間外は、宜しく無い者が入り込むから行かない方が良いんだけどね。



「何があったんでしょうね」


「まぁ、今日の所はしょうがないから表の商店街を覗いて行こうか」


「それが良いのじゃ」



私達は稲荷寿司を食べたり、キツネのお面を買ったりと過ごしてから安宿を探す事にした。



「アイヤー、露店も多いですよ」


「ここの露店って台の上で売ってるだけじゃないんだぁ」


「ずいぶん色々な食べ物があるのじゃな」



観る皆珍しい私達は目に付く物から買って食べてった。

箸巻・みたらしだんご・からあげ・スズメの丸焼き等々全部が美味だった。

ここでもお土産用に稲荷寿司を大量買いをして亜空間収納に仕舞っておく。



「それにしても、ここの都は妖怪が多いのじゃな」


「そうですねぇ、足の生えた毛玉の様なのや車輪の様なのとか」


「火が燃えてるけど、パンパン爆ぜて進むんじゃないんだねぇ」


「アハハハ、そんなのがいたら『パンジャン入道』とか呼ばれたりして」



幸いにしてまだ怨霊と出くわしていない。

市中で見かけるのは色々な想念がゴミに付着したようなモノだから蹴散らしていれば良い。

モノによっては人には脅威になるかも知れないけど、見えていれば別だろう。


ぶっちゃければ、船魂『武蔵』くんも妖怪のたぐいに入っちゃうんだよね。

まぁ、彼は怨念なんか抱えてないし、役に立つだろうから大事にしなくちゃ。


人の多く住む所には幽霊だって気の澱む所にたむろしていたりする。

そういうのは生気もやる気も無い連中だ。

そんなの相手に人混みの中で一々剣を抜いてたら危険人物と思われちゃうし。


それにしても荼枳尼ダキニが怪我をしたなんて、どうしちゃったんだろうね。

まさか車に跳ねられるほどドン臭いとは思えないし。


それにしても一人用の鍋料理が出来るかまどと燃料ってどこに売ってるんだろ。




次の日私達は再び伏見稲荷神社を訪れた。



「ごめんくださーい」



荼枳尼ダキニは大丈夫かな。

仮にも神でもある彼女の怪我がいつまでも治らないとは思えないけど。


宇迦之御魂うかのみたまが私達の対応に出て来た。



「昨日はすみませんでした」


荼枳尼ダキニ様は災難でしたね」



聞けば何人かの氏子とキリスト教の者が問題を起こしていたそうだ。

土地問題も絡めて宗旨替えを迫られているらしい。

その話に怒った荼枳尼天ダキニテンは敵に神罰として狐憑きを与えようとした。

ところが敵側に霊能者なのか、退魔師なのか、術者が雇われていて敗北したそうだ。



「もしかしてエクソシスト?」


くだんのキリスト教会はプロテスタントの分派の一つなので、それは無いかと」



エクソシストはプロの退魔師と言って良い。

普通エクソシストがいるのはカトリックの方なんだけど。

大本であるバチカン教会は神の奇跡と認定したものしか認めない筈。



「うぬぅ、天におわす父なる神の御業に頼らず、邪術に頼るとは許せんのじゃ」


「えっと、この子は」


なりは少女ですけど、紛れもなく偉大なるアッラー様のしもべ、大天使ジブリールです」


「そうだったんですか、使



そもそもユダヤ教・キリスト教・イスラム教の根本にある神は同一の神だ。

キリスト誕生以前に同じ神が語りかけた「旧約の民」として認めているように、ムスリムイスラム教徒も、ユダヤ・キリスト教を受け入れないけど、同じアッラーが語りかけた「聖書の民」として敬意を払い、歴史的・宗教的連続性を見てとっているたいう。



「我は戒律も守れぬ豚どもを許すわけにはいかないのじゃ。

 荼枳尼天ダキニテン様のかたきを討って差し上げたい」



怒った大天使ジブリールは術師に罰を与えに行くつもりの様だ。

旅行者であるヒルト達は部外者だったはずだけど、人情的にはそうなるよね。

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