第78話「舟幽霊退治」

私達は数日の観光を終えて港に戻って来た。

今頃ジブリールは置いて行ったとぶんむくれてるかもしれないなぁ。



「それにしてもジブリールさん、何処にいるんでしょうね」


「防波堤の方に人が集まってるから、あそこかな」


「喜んでいる雰囲気じゃないですね。

 上手く行かなかったんでしょうかね」



大天使のジブリールが溺れたとは思えないけど、どうしたのかな。


防波堤の方に行くと、倒れているジブリールを人々が囲んでいるのが見えた。



「ジブリール、どうしたの」


「ううぅぅ、悪霊が強かったのじゃ……」



ジブリールは舟幽霊の悪霊に負けたらしい。

単なる悪霊なら問題は無かったと言うけど、舟幽霊自体10体ほどの集合霊だったという。

それだけならジブリールでも問題無かったけど、バックに巨大な親玉が控えていたのだとか。


舟は沈没してしまったと言う。

舟を出してくれた人も海中に引きずり込まれたけど、ジブリールは何とか助けたらしい。

溺れかけている人を助けながらの戦いは不利で、逃げるのがやっとだったそうだ。



「巨大な親玉?」


「それも集合霊だったけど、数千人の軍人の悪霊だったのじゃ」


「数千人の軍人の悪霊の集合霊だって?」



どうにも多勢に無勢で力及ばなかったと言う。

何でそんなに軍人の霊がいるのかと思ったら、太平洋戦争がかなり劣勢だったらしい。



「海軍の軍人霊かぁ」


「全員が悪霊になるなんてちょっと気に掛かりますね」


「この通り、漁師の方々も困っておる。

 頼むのじゃ、敵を討って欲しいのじゃ」



ジブリールは倒れ、ぐったりしながら懇願してくる。



「ジブリールが関わってしまった以上、仕方が無いですね」


「退治に行ってくれるのは有難いが、もう舟は出したくない」

「あんたら、すまねぇ、俺達にも生活が懸かってるんで」


「これ以上舟を失ったら、漁師の皆さんも困るのは判ります。

 良いでしょう、舟は使わなくても現場が解れば何とかします」


「私がジブリールさんを回復しますね」


「おお、何仙姑かせんこ様、ありがたいのじゃ」



何仙姑かせんこもヒーリングが出来る様だ。

掌から『気』を放出してジブリールの傷を塞いでいく。



「退治を手伝うわ。

 舟幽霊の悪霊はどこなの?」


「手伝ってくれるのかや? ありがたいのじゃ。

 後は我が案内するのじゃ、おっちゃん、ありがとうなのじゃ」



私達は海の上を歩いて行く事にした。

水上歩行が出来るのはイエスの専売特許じゃあない。

神族の私達にだって十分可能なのだ。

私達と同じ事を平然と出来る何仙姑かせんこも凄いけど。

後ろで海上歩行をする私達を驚きの目で見る漁師達がいるけど気にしない。



ジブリールは遭遇現場まで私達を案内する。

大分沖合まで歩いた。もう陸地見えなくなって大分経った。

何かもうフィリピンまで行っちゃうんじゃないかと思うくらい。



「たぶん、ここら辺なのじゃ」


「出て来ませんね」


「舟じゃないから来ないのでしょうかね」


「ちょっと挑発してみますね」



何仙姑かせんこは大周天で『気』を海中と大気中に回して攪拌する。

やがて渦巻く海中から舟幽霊が浮き上がって来た。

海に捨てられた人間が怨霊となった集合霊だ。

その恨みで舟を沈没させて仲間を増やしていったように思える。

一見して人間大だけど、10人ほどの集合体だからかなり密度が濃い。



うおおおぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

「ひ、ひしゃ、柄杓をよこせ~~~~~~~~~~」


「あ、出て来た」



大周天で『気』を攪拌しているから、悪霊の舟幽霊はすぐに襲って来れない様だ。

左右の手を互い違いに出したり引っ込めたりと藻掻いているだけだ。



「アイヤー、あれはちょっと取り込むのは宜しくないですよ」



悪霊は陰の気の塊だから何仙姑かせんこは取り込むと具合を悪くすると言う。

先ずは浄化が必要だ。

浄化が終われば強制的に霊体は『気』に還元して体内に取り込めるらしい。


私は神聖ルーンを発動する。



「Pyhä tuuli, puhaltaa pahat henget(聖なる風よ邪悪なる霊を吹き飛ばせ)」


「やっぱり浄化しないと、また集まってきますね。

 散らすだけじゃ駄目かぁ」


「私がやりましょう」



チャンディードゥルガーは神具の法螺貝を取り出し吹き鳴らす。

法螺貝の音は炎の波動を持ち、音波に乗った神の炎は怨霊である舟幽霊を浄化した。

しかし核になっていた霊なのか、一体が逃げるように海の中に沈んでいった。


その直後、背後の海中から巨大な親玉が苦し気な呻き声とともに出現する。

どす黒い紫色の球体から大小沢山の瘴気の触手が蠢いている。

地となる球体には多くの苦しそうな顔がある。



おおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――  おおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――

   おおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――

                おおおおおぉぉぉぉぉ―――――――――



「前座が終わったら次は本命がやって来ましたね」


「流石に数千人の海軍軍人の集合悪霊だけあって大きいですね」


「こいつが後ろから襲ってきたのじゃ」


「何でこんな形にまとまってるかなぁ」


「グロテスクですね」



私と何仙姑かせんこは思わず顔をしかめる。

正視に耐えないと言って良い化け物だった。

瘴気の発する腐肉の様な悪臭も耐え難い物だった。



「薄くてはっきりしませんが、何者かの怨念が幕の様になって固められているようにも見えますね」


「それは何ですか?」


「悪霊のようですね。

 多くの軍人霊を逃がさない様に縛っているのかも知れませんね」



チャンディードゥルガー様はじっくりと観察をして結論を出した。



「軍人の霊は閉じ込められてるんでしょうか、出来れば助けてあげたいですよね」


「おそらく統一意識で一つの化け物になっているという事ではなさそうです」


「哀れな軍人の霊まで無慈悲に浄化してしまったら可哀想なのじゃ」



強大な力を持つ女神なら、瞬時に消滅させ浄化する事も可能だろう。

しかしそれでは魂の救済にはならない。

ヒルト達は救済の方を願っている。

それを思うと大規模攻撃は躊躇する。



「ならば外殻になっている悪霊を切り刻ざんでいかなければなりませんね」


「あの触手が邪魔で梃子摺りそうです」


「では、行きますよ!」



全員神剣を持って外殻になっている悪霊を切り刻んで、中に押し込められている魂達を解きほぐす事にした。

皆の剣は神剣同様に物質も霊体も想念も両断出来るようだ。



「皆、固まって戦うのは拙い、散会して四方から攻めますよ」


「「「はいっ」」」



皆は散開して宙を駆け、蠢く触手を避けながら各々おのおのの剣で表層を切り裂き始める。

チャンディードゥルガー様は十の手にそれぞれ神剣を握っている。


やがて一部を斬り崩したジブリールが叫ぶ。


「こいつ、何層にも重なって」


私は身を翻し触手を避けつつ剣を奮う。


「何て面倒な、あ、このっ触手めが」


「ガウガウガウ」


バリバリバリバリ


「良し、一層剥がしたのじゃ」


「一層の下にも一層ある!一層を剥がしたくらいじゃ駄目なのかぁ」



神獣ドゥンも攻撃に参加して、濁った紫色の外殻にある悪霊を爪で引き裂き、嚙み千切り始める。

中は何層にも重なって軍人霊たちを網の様になって縛り付けていた。

これも網の目を切り裂いてほころびを広げて行くしか無さそうだ。



「手間はかかるけど、悪霊如き切り崩すのは造作も無いですね」



私達は触手攻撃を避けながら、玉ネギを剥く様に何層も切り離していった。

やがて表層の悪霊は断末魔の悲鳴のように黒い瘴気を吐き出しながら穴が開いて行く。

構わず斬り広げる私達の剣はどんどん綻びを広げる。

やがて悪霊は軍人の霊たちを締め付ける拘束力を失っていくのが目に見えた。


一層一層剝がれる毎に悪意の瘴気と共に離脱していく軍人達。

互いに「靖国で会おう」と口々に讃え合いながら歌を口ずさみながら一人、また一人と昇天していく


辺りには『海ゆかば』の歌声が響きはじめた。

https://www.youtube.com/watch?v=C2-vYrMd4kY

海ゆかば (Umi Yukaba) ~If I go away to the sea~ Japanese military song



「まるで彼らによる同胞のための鎮魂歌の様です」



軍人達は自由になった者から拘束していた悪霊から順次清々しい顔で離脱していく。

離脱者が多くなるほど悪霊玉は縮小し、攻撃も弱まって行くのが解る。



「大分斬り崩せましたね」


「あと少しなのじゃ」


「まだ中に固まっている軍人達が見えますよ」



最後に数人の海軍軍人が固まっているだけになった。



「まだ斬り崩しは必要か――――――?」


「忝い、助かった、貴女方は?」



私達は自己紹介をする事にした。

にもかかわらず事象女神だの仙女だの天使だのを聞いた海軍軍人達は胡散臭そうな顔で見る。

仕方無いっちゃ仕方無いけど、助けた恩にそれは無いと思うんだけどー。


中心にいたのは上官だろうと思える海軍軍人。

彼の名は『猪口 敏平いのぐちとしひら』太平洋戦争で戦死した英霊だ。

彼は戦艦「武蔵」の艦長として米軍に集中攻撃を受け沈没する戦艦と共にしたという。

彼の周りにいるのは沈没戦艦から退艦せずに艦長猪口少将と共にした部下だそうだ。



「そうでしたか、戦争はもう70余年前に終わっています、皆様、お勤めご苦労様でした。

 今後はどうします? お望みなら私が『戦士の館』に案内しますが」


「こら! ここで商売するのは止めるのじゃ」


「あ、つい」


「貴女のお誘い有難く思う。

 しかし我等は大日本帝国海軍軍人であるから、靖国に行こうと思う」


「助けて頂きありがとう御座います」


「では皆さん、ごきげんよう」


「我等が立ち去る前にお願いしたき事が」


「私? 何でしょう?」


「貴方様にこの子を託したいと思うのだが」


「この子は?」



何で少年がここにいるんだろう、訳が判らない。


猪口少将は今まで守り通していた白い海軍士官服を着た少年を紹介した。

この少年は船魂だという。


そっかぁ、それで全て解った。


猪口艦長は艦と共に命運尽きたけど、艦の魂である船魂を死しても守り続けてたんだ。

それも退艦せず同時に戦死した乗組員達と共に。

そんな彼等の下に他所で戦死した軍人達が、皆敗戦の無念を抱え集まって来た。


そんな負の感情が固まっている所は悪霊の好物になる。

皆悪霊に取り込まれてしまったんだね。


私が船魂少年を託されたのは理由がある。

人の魂ではない船魂は軍人達と一緒に靖国で眠る事が出来ない。

魂の質が根本的に違うからだ。

造船に関わった人達の願いや乗組員たちの想いは船魂に込められている。


そんな思いの詰まった船魂を一人にして置いて行けないのも人情だろう。

自分達を助けてくれた女神様達に託すしかない。



「わかった、君の名前は?」


「ぼくは大和型戦艦、2番艦『武蔵』」


「武蔵だって⁉ うーん、そうかぁ、この際美少女じゃないのも良っかぁ」


「ヒルトさん、変な事考えてませんか?」



武蔵くんは連れて行ってくれるなら、船についてなら力になると言ってくれる。

建造されてからそれほど経っていなかったから少年姿なのか。


そりゃ戦艦武蔵の船魂だもんね、船については専門家という訳だ。

依代として元の小芥子こけしに収まっているから、用事の時は呼び出せば良いと言う。

まぁ、旅行者の私達に付いていれば何かと学べるだろうし。



「うーん、ジブリールと違って礼儀正しいし面倒が無くて良い子だよ」


「何じゃとー!」

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