第71話「九州観光③」

「次の観光地、上色見熊野座神社は「異世界への入り口」って評判なんだって」


「パワースポットでもあるようですよ」


「本当に「異世界への入り口」なのかや?」


「異世界には誰もが入れない様に管理者達が仕事をしているんですけどねぇ」



極たまに次元の裂け目に落ちてしまう人がいるのは本当らしい。

きさらぎ駅とか時空のおっさんとか。

私達もやたらと移転を使うと裂け目を残す失敗をしたりする。

その辺りは上級神の方々は綺麗に後始末はしていくようだけど。

最近覚えた私はホント、注意を怠らないようにしないと。




私達は森に囲まれた鳥居を見つけた。

あの鳥居という門を潜れば、伊弉諾命いざなぎのみこと伊弉冉命いざなみのみこと、石君大将軍を祀る上色見熊野座神社に向かう事になる。


https://www.youtube.com/watch?v=e9FHl42lNHo


鳥居を潜ると杉林が広がり、おやしろまで苔むした260段の階段が続く参道沿いに、97基の石灯籠が並でいると言われている。



「うわあ、緑の世界なのじゃ」


「まるで湖の底にでもいるような気分だね」


「夜になると、あの石灯籠に明かりが灯るのですね」


「何とも、まあ、神々しいというか」



夜になって明かりが灯されると、どんな世界に変わってしまうんだろう。

本当に異世界に入り込んだと錯覚しそうになる。

私の世界にこんな緑の異世界を演出するような所は無い。

御祭神が伊弉諾命いざなぎのみこと様と伊弉冉命いざなみのみこと様だから、余計にパワースポットになちゃうよね。

世界中で「異世界への入り口」と宣伝されるのも無理は無いね。



何とも独特な雰囲気と空気を堪能しつつ石段を上がりきる。

厳かな雰囲気の境内に、素朴な佇まいの神殿がある。

神殿後方の穿戸岩には、健磐竜命の従者鬼八法師が蹴破ったといわれる縦横10メートル以上の大風穴があるらしい。



「何かスカスカな神殿じゃな」


「いや、あれは拝殿なんじゃ?」


「神界サイドに自身の波動を上げて行けば、風景も変わりますよ」



チャンディードゥルガー様のアドバイスで神界サイドに移行した。

やしろはやっぱり拝殿に過ぎなかった。

後ろに神々の住居が露になる。


ここに住まう伊弉諾命いざなぎのみこと様と伊弉冉命いざなみのみこと様はテラフォーミングの総責任者だった方々だ。


と言うより、伊弉冉命いざなみのみこと様は黄泉の女神になっているからいないのか。

その辺りの言い伝えはシュメールの『イナンナの冥界下り』の逸話によく似ている。


そしてもう一つのターニングポイントがある。

伊弉諾命いざなぎのみこと様と伊弉冉命いざなみのみこと様、文献上夫婦神はこの方々が最初だったりする。

二方ふたかた以前の神々は一人神にしてお隠れになったとされているけど、人格神として人前に姿を現していない。

最初にして根源の造化三神である天之御中主あめのみなかぬし高御産巣日たかみむすび神産巣日かむむすびは法則として常に誰の目にも止まっているんだけど、当たり前過ぎて気が付かれないんだよね。



「ごめんくださーい」


「どなたであるか?」



石君大将軍様がお出ましになった。


阿蘇大明神である健磐龍命たけいわたつのみこと様の荒魂が石君大将軍と云われている。

健磐龍命たけいわたつのみこと様が別の所に祀られているという事は分御霊わけみたまになるのかな。

思えばチャンディードゥルガーの荒魂が女神カーリーになるのか。

私は下級神だから荒魂はまだ無い。



「私達は観光でこの国にやって来ました。

 そんな訳でご挨拶に伺ったんですよ」


「外国の女神様方とは珍しい。

 今、あるじである伊弉諾命いざなぎのみこと様をお呼びするので存分に挨拶されるが良いぞ」



礼儀を持って接すれば、荒魂の神様も優しく接してくれるね。



「彼奴、我の事を無視しおった、従者か何かとでも思ったのかのぅ」


「ジブリールさん、無礼をしたらいけませんよ」


何仙姑かせんこさんも無視されておったのぅ」


「私は事を悪くするのは御免ですからね」



後ろでジブリールと何仙姑かせんこささやいている。

ジブリールは子供だから仕方無いとして、何仙姑かせんこの大人の対応は有難い。



「皆様方、よくおで下さった」



伊弉諾命いざなぎのみこと様は40代くらいの御年に見える。

このお方が縄文人の祖でもあり、豊葦原瑞穂の国の祖なんだ。

最も国造りをするのに一柱ひとり二柱ふたりで出来る物じゃないから、一族が付き従っているだろう。

その一族が国造りを行って来て祖先になったという事だね。

それを知っていると余計に感無量になる。


男寡おとこやもめに蛆が湧くって諺があるけど、男二柱ふたりの生活で大丈夫かな。



「しかし、あんたら皆出身国がバラバラで面白いパーティーだな」



北欧のヒルト、インドのチャンディードゥルガー様、中国の何仙姑かせんこ、中東の大天使ジブリール。

一貫しているのは皆、女性で神界にゆかりの者というくらいの集まりだ。



「まぁ、色々ありまして」


「良かったら外国の話を聞きかせてくれまいか」



私達は伊弉諾命いざなぎのみこと様の勧めで隠された神殿にお邪魔する事にした。


伊弉諾命いざなぎのみこと様はお供えされた食事を用意してくれる。


この国の料理は心をこめて御調理する神様の食事「神饌」が日本料理の原点なのだとか。

日本人は古来から四季折々の祭りを大切にしてきた。

祭りでは神様と同じ物を共に頂く事で神との一体感を持ち、霊力を頂き神の御加護と恩恵を受けて来たそうだ。

神と人が共に飲食する「神人共食しんじんきょうしょく」で神は食糧事情や人心を計って来た。



「随分人と神々は身近なんですね」


「子孫の安寧を願わぬ神々が何処にいるというのだね。

 身近に寄り添う事で解る事も多いしな」



腕が十本もあるチャンディードゥルガー様も人類の祖なのかなぁ。

何となくそうは思えないけど。

神に創られた天使のジブリールは人類の祖じゃないし。

仙人の何仙姑かせんこは元人間か。



ドゥルガーチャンディーさんもよくお出で下さった。

 何千年ぶりになりますかなぁ、わはははは」


「私も色々忙しかったのですよ」


「この国の神も酒の飲むのじゃな」


「ん? 神が酒をのむのは珍しくも無かろう」



酒の神はいるし、捧げられる酒は『御神酒おみき』と呼ばれている。

御神酒おみきにはネクタルやソーマと違い特別な効能は無いらしい。

大山祗神おおやまずみのかみや木花咲耶姫命も酒の神と知られている。



「木花咲耶姫命様がお酒を造るんですかぁ」


「ヒルトさん、何か変な事考えていませんか?」



女性が造るお酒と聞いて『口噛み酒』を連想しちゃった。

たぶん、木花咲耶姫命はそんな事してないと思うけど。

うん、そう思いたい。


木花咲耶姫命様は富士山の浅間大社におられる桜の女神様だったはず。

後でお参りに行くのも悪くない。



「ムスリムじゃ酒は禁止なのにのぅ」


「お嬢ちゃんはムスリムだったのか」


「そうじゃ、我は大天使ジブリールなのじゃ」


「そうか、天使だったのか、この国にも同類がおるぞ、天狗と呼ばれておるがな」


「はぁ? 天狗ぅ?」



調べてみたら本当に同類だった。

西洋では中性的だったり女性的なのが多いと思われている。

聖書では古いほど男性的だった。

天狗に女性の事は聞いた事が無かったような気がする。



「詳しく知りたければ、寅吉の『仙境異聞』を調べてみるが良いぞ。

 『小桜姫物語』でも天狗の事が書かれているがの。はっはっはっはっ」


「そうだったんですか、そのうち興味があれば、はい」


「何だ、興味無さそうだな」


「私は観光を楽しみたいだけですから」



私は仕事から逃れてのリフレッシュ休暇中なんだよね。

何処で何を間違ったのか判らないけど、修行の旅をしたい訳じゃない。

チャンディードゥルガー様がいるために、そっちの方向に引っ張られがちになるのかな。

何仙姑かせんこのお陰でグルメ旅行の目的も追加された。

ジブリールは単なるミソッカスだね。



「そうか、この国には観光名所は多いから、存分に楽しんで行くが良い」



伊弉諾命いざなぎのみこと様は私達の土産話を大いに喜んでくれた。

たぶん私の様に長期旅行に行く事が出来ないんだろうな。

とりあえずはテラフォーミングの神様にお会いする事は出来た。



「では、私達は次の観光地に向かいますので」


「そうであるか、また遊びに来られるが良い」


「ありがとうございます」


「皆さん、これをお土産に差し上げよう」



伊弉諾命いざなぎのみこと様からも御朱印を頂いた。

もしかして入国用のパスポートにでもなるのかな。

まぁ、そんな事どうでも良いか。


私達は御前からおいとまして次の観光地に向かう。

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