第69話「九州観光①」

皆で何仙姑かせんこの龍に乗って移動した。

いくら三蔵法師の帰路を歩いた私でも、乗り物無しの旅はもう疲れた。

何仙姑かせんこのラーメン旅行は、日本列島を北上縦断して北海道まで行くつもりらしい。

歩きで行くなんて付き合いきれないってぇの。



取り敢えず鹿児島でラーメン店巡りを始めた私達。

あまりにも店が沢山あるから、どの店に行けば良いのか判らない。

そこで食べログを参考に評判の高い店から攻めて行く。

何仙姑かせんこに聞いた通り、店毎に違うラーメンがある事に感心した。



「うううう、何でトンコツの店が多いのじゃ。

 臭いし、みんなよく平気で食べられるのじゃ」



ハラールに拘るジブリールには入れる店が無い。



「慣れるとクリーミーで結構美味しいよ?」


「やっぱり中華の麺とは違いますね」


「生き血より飲み易くて悪くないですね」


「ガウガウガウ」



猫舌のドゥンには熱い物は駄目そうだ。

ライオンの神獣なのに猫舌なんだ。





何件も食べ歩いた私達は北上して高千穂峡に観光しに行く事にした。


渓谷の風景なのに、仙境とはずいぶん違う印象がある。



「滝も含めて優しい風景だねぇ」



何となく妖精の世界を思い起こさせる。

緑豊かで空気もきれいで穏やかだ。



「何という事じゃ、景色に神秘を感じる。

 ここも十分に天国なのじゃ。

 酒も果物も美女も無いのに、間違いなく天国の風景なのじゃ」



どうやら死後は酒が許されているらしい。

果物や美女に囲まれるって俗物臭いんだけど。

そんな煩悩だらけの天国で良いのかな。


そういえば仙人なんかも煩悩だらけだと思うけどどうなんだろう。

ストイックに修行一筋という人はいなかったと思うけど。



「それはですね、行く所まで行き着いちゃうと、もう先が無いんですよ。

 それすら突き抜けちゃうとタオに帰るしか無いんです」



人の欲は無限だと思っていたけど、心も物も全て足りると無欲に近くなるのかな。

腹いっぱい食べると、もう食べたくなくなるような物かも。


人はお金があれば良い物が食べられ、贅沢が出来る。

しかし、現在の住環境以外を知らず、お金の必要が無い人なら、何を欲しがるのか。

不可能の無い仙人には、手放さなくても不足は無くなるのだろう。

それを考えれば突き抜けちゃった仙人の心境が解るかもしれない。


んで、何仙姑かせんこはラーメンに対する好奇心を満足させようとしているだけだ。

きっと世界を我が物になんて、手に余る物なんか欲しがらないんだろう。

ある意味ピュアな人で、良い意味で小市民なんだね。

例えば世界の問題より、自宅のトイレが詰まる方を悩むといったような。



「さあ、皆さん、次行きましょう、次は熊本ですよ」



何仙姑かせんこの言うには熊本ラーメンは勿論、黒豚が有名らしい。

サツマイモで育てた黒豚の味は逸品なのだとか。



「私が聞いている話、トンカツというのが、これまた美味しいという事ですよ」


「うへぇ、また豚を食べるのかや」


「トンカツってどんなのです?」



話を聞く限り、私の知っているシュニッツェルに近いのかも。

観光ガイドを見ると結構見所が多そうな場所だった。

幣立神宮・阿蘇中岳火口・白川水源・釈迦院御坂遊歩道の日本一の石段

熊本城・「異世界への入り口」と有名になった上色見熊野座神社等々。



「おお、沢山観光先があるのじゃな」


「では熊本に向かいますね」



私達は何仙姑かせんこの龍で次の目的地に向かう。




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https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/122


「あれがこの国の城ですか」



私の知る北欧や西欧の城に比べると趣が随分違う。

何より木造だと聞いている。

よく木造で鉄壁の城砦が務まる物だと思えた。



「中東や西洋には木造の城なんか無いのじゃ」


「この国の城はあの建物だけじゃないのですよ」



チャンディードゥルガーの説明によれば、私がお城だと思っていたのは作戦司令部のような物らしい。

敵軍に攻められた時は、先ず城下町の乱雑な構造で足止めを喰らうという。

城下町を突破した後は城を囲む堀でまた足止めを喰らう。


その辺りは西欧の城も同じ様な造りだね。


堀が突破され、城内に突入された場合もいくつかの門で足止めをされる。

足止めをされた敵軍は城壁から矢で集中攻撃を受ける構造になっているのだとか。

その庭が広過ぎるから、城郭にまで攻撃が届かなかったらしい。

現在は文化遺産として残されているから、当時の姿じゃないそうだ。



「なかなか考えられてるんですね」


「中華は砦ばかりですからね」



言われて考えてみれば中華の王城に高層建築は思い浮かばない。

紫禁城だって広いというイメージしかなかった。

中東はと言えばモスクしか思い浮かばない。

イングランドの城は壁しかないし。

フランスのベルサイユ宮殿な外観が普通の建物っぽい。



「文化と言うか、考え方の違いとか色々見て取れるのが面白いね」



そういう物を見て回るのが旅行の醍醐味でもある。

そしてもう一つの楽しみは食道楽にある。






私達は街中に繰り出し、何仙姑かせんこお勧めのトンカツを試してみる事にした。



「これがトンカツなんだ」



シュニッツェルに似ているけど、厚さが違う。

衣になっているパン粉も私が知っている物と違う。

口に入れれば、サクッとした触感があって、初めて見るソースも美味しい。

そしてこの国の食事には必ずライスと味噌スープ、漬物がセットになっている。



「なんでみんなそんなに美味しそうに食べるのじゃ」



ハラールに拘るジブリールは一柱ひとりエビフライ定食に祈りを捧げて食べている。



「豚肉料理って美味しいんだけど、何で穢れた動物だなんて言ってるのかな」


「あ、それ、私も同感ですね」


「うーん、生食するのは良くないからですかね」


「それだと鶏肉だってそうですよね」


「偉大なるアッラー様がそう規定されたのじゃ」


「でも食べてる私達が穢れる事も無いし、料理だって汚い訳じゃないし」



豚肉で作ったソーセージは冬の保存食に無くてはならない食材だし。

宗教的な倫理観が入ると健康上宜しくない場合が多いんじゃないかと思うよ。


例えばベジタリアンとかヴィーガンといった思想。

人間は雑食動物だから肉を食べなくてもいきなり死ぬ事は無い。

けど確実に栄養不足になるし、栄養不足の民族は背が低くなる。

昔の日本人は玄米・味噌・漬物・魚という食生活で、驚異的な持続力を発揮したらしい。



「この白いのは味が無くて好きになれないのじゃ」


「私も白いという事に抵抗がありますね」



チャンディードゥルガー様も白米に抵抗がある様子。

思い出してみればインドにも米はあったけど白くなかったように思う。

白い米に忌避感でもあるんだろうか。



「日本人ってラーメンをおかずに米飯を食べるらしいですよ」



何仙姑かせんこも何か文化の違いに戸惑っているものがあるようだ。

実は私も白米の味が解らない。



「それにしても、こんなに肉厚があるのに食べ難くないよ」


「トンカツも美味しいですー」


「トンコツラーメンほど臭くも無いですね」


「ううぅ、みんなして美味しそうに我に見せびらかすのじゃ。

 でも、このエビだって美味しいのじゃ。

 トンカツと同じソースだってかけられるしの」



味があるトンカツと交互に食べれば、米も食べられない訳じゃない。

黒豚か白豚か味の違いなんて判らないけど。

食後は不思議と腹具合が丁度良くなっている。

メニューにはかつ丼という物もあるようだから、今度試してみる事にする。



「この次は何処に行くのじゃ?」


「そうですねぇ、幣立神宮を見てから、阿蘇中岳火口、白川水源のルートですかね」


「幣立神宮ですか、神漏岐命かむろぎのみこと神漏美命かむろみのみことに挨拶に寄って行った方が良いですね」


「この国に来て初めて神様にお会いするのですね」



何仙姑かせんこはそう言うけど、私もチャンディードゥルガー様も神族なんだよね。

旅行先の神に挨拶をするのも礼儀だね、やっぱり。

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