第67話「崑崙仙界移転ステーション」

崑崙仙界の観光は終わったし、桃園もたっぷり満喫した。

この世界、見所はそれだけじゃないだろうけど。

そろそろ次の観光地に向かうのも良い頃合いだろう。

皆で移転ステーションから行けば買い物も出来るし、麺料理の一つも食べられる。



何仙姑かせんこさんにはすっかりお世話になりました。

 崑崙仙界も満喫出来たから、次の観光地に向かおうと思います」


「皆さんの次の観光地って豊葦原瑞穂の国ですよね?」


「そうです」


「私もご一緒して構いませんか?

 本場の日式ラーメンというのを食べに行きたくて」


「え、ええ、私は構いませんけど」



何だか道連れが増えて行くなぁ。

何仙姑かせんこさんとて一柱ひとりで行けない訳じゃないだろうけど。

たぶん一人飯をしたがらないタイプなのかも。


それに日式ラーメンとやらは、世界中で食通の間で有名らしい。

それが店の数ほど特色があると言われる麺料理。

全国で数千件の店があるなら、数千件の味がある。

店主が情熱と全身全霊を賭けて味の進化に挑むという。

そうと聞いたら私も試さずには居られないじゃないの。



「日式ラーメンとやらは、そんなに美味いのかや?」


「トンコツというのもあるらしくて、豚の骨を溶けきるまで煮詰めた物も美味しいと聞きます。

 豚が駄目なジブリールさんには食べられない料理ですね。

 ああ、醤油ラーメンでも豚骨を出汁に使っているそうですよ」


「うぐうぅ!! そんなぁぁぁぁぁぁl」



瞳を輝かせるジブリールに何仙姑かせんこは止めを刺す。



「私も好き嫌い言わないで試してみたいものですね」



チャンディードゥルガー様も興味を惹いたようだ。

神とか仏様って動物性食品って大丈夫なのかな。

まあ、生贄を好む女神様なら心配いらないだろうけど。


神様によっては肉食や韮・大蒜は禁止らしい。

大幅に譲歩して魚には目をつぶるとか。


豊葦原瑞穂の国は美味し国ぞって誰が言ったか、美食の国なのかも知れない。



「それにしても何仙姑かせんこさん」


「はい?」


「中国人だと思うけど、語尾に『ある』を付けないんですね」


「はあぁ? 何ですか、それ」


「うーん、鉄板だと思ってたけど」


「アイヤー、それ、何の偏見なんですか」







私達は何仙姑かせんこの庵から、崑崙仙界の移転ステーションに向かう。

各地の移転ステーションは地域色があって、崑崙仙界は中華街っぽい。

食堂街に足を向け、恋焦がれた麺料理に挑戦してみる事にした。


ここには様々な飲食店が集まり、店舗ごとのブースに分かれている。

そんな中で蘭州拉麺が食べられる崑崙飯店に目星を付けて入店した。


テーブル席が数席あるそこそこの広さがある。

動物入店禁止だろうけど、ドゥンは大丈夫なのかな。

誰も気が付いて騒がないから、気配を消してるのかも。



「これが蘭州拉麺で有名な牛肉麺ニョウロウミェンかぁ。

 麺はパスタより太いかな、でも食べ難いと言うか」


「箸とやらは、どのように使ったら良いのじゃ?」


「それはですね、こう持って、このように掴むんです」


「皆さん器用な事するんですね」


「む、難しいのじゃ」



何仙姑かせんこ以外箸を使った事が無いから悪戦苦闘を始めた。

以外にもチャンディードゥルガー様は箸が使える。

さすが帰化した方は違う。



「豊葦原瑞穂の国のラーメンでは『ススリ』という技が必要らしいですよ」


「ススルの? この麺を?」


「そんな事したら麺や汁が呼吸器官に入ってしまうのじゃ」


「私は大丈夫ですね」



チャンディードゥルガー様は九本の手で箸を扱える。

残りの一つの手で器を抑えるのだ。

うーん、その姿はマナーに合っているような違う様な。

多腕の方のマナーってどうあれば良いのか解らない。



「凄いです、チャンディードゥルガー様。

 でも啜る音が酷いですね、マナー知らずというか」



一部ではヌードルハラスメントとして嫌がられているらしい。

しかし美味しい食べ方でもあるのは確かなようだ。

理由はワインのテイスティングと同じらしい。

舌だけで味わうのではなく、鼻孔でも香りを味わう。

そして喉越しでも味わうのが麺料理の極意の様だ。



「むうぅ、食の世界というのも奥が深いのじゃな」


「豊葦原瑞穂の国以外の国では、ラーメンは音を立てて啜るのがマナーだと言われているようですよ」



何ても啜る音が大きい程、美味しいと言っているのと同じらしい。

音を立てたくないなら、レンゲと呼ばれるスプーンに麺とスープを入れて一口で食べる方法もあるとか。



「何とも面妖なマナーじゃな」



中華料理はとにかく短時間で作れるようになっている。

そのために強火が必要になる。

戦火で追われても、鍋だけあれば料理は出来るし、木を切り倒し、まな板にする。

中華のまな板が丸いのはそんな経緯があったのかもしれない。



私は味覚が満足したから、買い物に向かう。


酒屋のブースには様々な酒類が置かれている。


もう手持ちの『アクアビット』が残り少ないんだよね。

大抵どこの移転ステーションの酒店でも買う事が出来る。

ここでは五本ほど仕入れておく事にする。



「神酒ともなると置いてないなぁ」



余程特殊なのか、神酒ネクタルや神酒ソーマを置いている所は無い。

こればかりは移転で現地に行かなけりゃ買えそうもない。

旅行が一段落したら、移転で各地を飛び回って搔き集めないと。



「つまみも買った方が良いかな」


「金華ハムの塊なんかどうです?」


「金華ハムねぇ、あれは美味しかった、買って行こ」



肉屋で一塊買い込んだ。

そんな時、ジブリールは別の店で美味しそうなものを見つけて叫ぶ。



「あー、あの黄色い菓子は何じゃ?」


「月餅ですね。

 ラードを混ぜ捏ねて造られているから、ジブリールさんにはお勧め出来ませんね」



中華圏では月餅よりも日本の饅頭の方が人気があるらしい。

何と言ってもラードが練り込まれているから、カロリーが段違いなのだ。

ダイエットに月餅は大敵と言って良いお菓子だ。



「ううう……」


「あ、豚饅も大きいんだねぇ。

 これも後で食べるために買っておこうかな」



恨めしそうに睨むジブリールなんか無視無視。

私は月餅と肉饅を買い込んで、亜空間収納に仕舞っていく。

多分美食大陸、豊葦原瑞穂の国ではもっと買い込む事になるだろう。






私達は食堂街、ショッピングモールを抜け、移転プラットホームに向かった。

電車の駅じゃないから、電車は来ない。

ただ移転陣に入るだけのプラットホーム。

私達は豊葦原瑞穂の国行の行列に並ぶ事にする。


到着先は神界かくりよ現世うつしよの境界。

人の世界でありながら、神界でもある便利な状態で旅をする事になる。

そうしないと、人に見られては不味い方がいるのだから。

時々幽霊や妖怪に出っくわすけど、それほど心配は要らないだろう。

なんせ神族、仙人、天使が揃ってる事だし。



「我は移転ステーションを使っての旅は初めてなのじゃ」



ジブリールは中東で守護天使として仕事だけの毎日を送っていた様だ。

うう、それは他人事じゃないね、私もそうだったし。

ウザイ奴だけど親近感が湧いちゃうじゃない。

まあ、そんな道ずれでも伊勢神宮までだ。



私達が降り立つ予定の豊葦原瑞穂の国の地は高千穂の峰。

やっぱり神々が降り立つなら此処ここだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る