第66話「食事会」

レストランも結構広かった。

テーブル席だけでも何十席あるのかな。

奥の方には各種料理のブースが並んでいる。

その風景はフードコートっぽい。


流石に大衆食堂で満漢全席なんて物はメニューに無い。


但しジンギスカン鍋の店はそこには無い。


やっぱり煙の出る料理は屋外に席が用意されているんだ。





鍋は全員で囲むのが難しい理由があって四つに分けてもらった。


一つはハラールに拘るジブリール用。

一つは牛・豚が苦手なチャンディードゥルガー様用。

一つは苦手の無い私と何仙姑かせんこ

一つは火を使わない神獣ドゥン用で、肉を主にして床に食材が用意される。


ジブリールには運ばれてきた食材に、本人がお祈りでも捧げて食べてもらうしかない。

もちろん子供天使にはビールも無しだ。



しかしジンギスカン鍋って、蒼き狼チンギス・ハーンに何の関係も無いんだよね。

真ん中が盛り上がった鍋の形が、兜を模しているらしいとは聞いてるけど。

実際にはバッチイ兜を鍋に使った人なんかいないだろう。

やっぱり、ただ単にマトンを焼いて食べる事から連想したのかも。



「お料理も揃った事ですし、皆さん頂きましょう」



食べるのが好きなのか、何仙姑かせんこはやけに元気が良い。



「まずは脂身を鍋に擦り付けて油を敷くんですよ。

 次にはお肉ですね。

 お肉から出る肉汁が後で焼く野菜の味付けになるんです。


 さあさ、こちらの面のお肉をどうぞヒルトさん」



なんで何仙姑かせんこが仕切ってるのかな。

私は冷えたビールをチビチビやりながら鍋を摘まみたいのに。

もしかして何仙姑かせんこは鍋奉行だった?


マトンも良いけど、牛や豚の方が食べ慣れているせいか、そっちの方が美味しいと思った。



「こらー! 豚を焼いた煙をこっちに来させるな」



食材にお祈りを捧げていたジブリールが無茶な事を言い出した。



「煙が嫌なら風を興せば良いじゃん。

 あ、私はソーセージも食べたいな」


「ヒルトさん、金華ハムも美味しいんですよ」


「金華ハムかぁ、中華っぽいチョイスだね」


「アイヤー、ぽいのではなくて中華の味そのものですよ。

 世界三大ハムの一つで、幻の豚「金華豚」のハムで高級食材なんですよ」


「くううぅぅ、豚肉如きで美味しそうに言われると困るのじゃぁぁぁl」


「ジブリールは戒律で駄目なんでしょ?

 諦めるしかないよね」


「やっぱり、お前達は意地悪なのじゃぁぁぁぁ」


「このマトン、美味しいですね、生き血もないですか?」


チャンディードゥルガー様は生き血も飲むんですか」



まぁ、世の中には血のソーセージだってあるくらいだから、驚くに値しないかも知れないけど。

確かスッポンも生き血をお酒で割って飲むって聞いた事あるし。



燔祭はんさいでいつも捧げられていますからね。

 肉もモツも血も食してこそ、命を頂く意味があるのですよ。

 後、鶏肉もお願い出来ますかね?」


「ガウガウガウ」


「ドゥンも焼いた肉を食べたそうですよ」


「ううう、みんな美味しそうに……」



ジブリールは恨めしそうにこちらを睨んでいる。



「ジブリール、この料理は私共に捧げられた供物なのだから頂いたらどうですか?」


「だって、戒律で禁じられてるのじゃぁぁぁぁぁl」


「確か知らないで食べちゃった場合、後でアッラーに謝れば良いんだっけ?」


「それは知らなかった場合の事なのじゃ」


「なら無理してないで、知らなかった事にするってのは?」


「我に嘘を吐けと言うのかや?」


「それは思い込みの問題ですね」



葛藤に苛まれながらジブリールは豚肉を口にしてみた。

多分、他国にいるムスリムもそんな心境を乗り越えてるのかも。



「うう…………我は知らない、これは豚肉なんかじゃないのじゃ。

 んぐんぐんぐ…………悔しいけど美味しいのじゃ」


「それで良いんじゃないの?

 美味しいのは正義! 不味いのは悪!」


「本当にジブリールは面倒臭いですね」


チャンディードゥルガー様もどうして牛が駄目なんです?

 どうにもあの地域は豚は穢れた動物と思われてるようだけど」


「牛はシヴァの騎獣なんですよ。

 ドゥンど同じ神獣でもありましてね」



身近にいる神獣ペットと同種の牛には抵抗感があるのだと言う。

確かにインドには牛にまつわる逸話が多かったっけ。

神聖な獣として扱われているから、街中には野良牛が徘徊してるんだよね。


豚にしても牛と比べれば、オークとミノタウルスくらい格が違う。

肉屋でも牛肉の方が値段が高いし。



「用意された食材の量が多くて食べきれなかったよ。

 たしか中華では、美味しかった証拠に残すのがマナーだっけ?」


「そのマナーは最近禁止令が出たんです」


「え、そうなの」



元々中華で食事を残すという風習は、位の高い人が配下の者に下げ渡す意味があったようだ。

だから主人が完食しちゃうと、部下が飢える事になる。

でも今はそんな時代じゃなく、貧困国に対して侮辱ととられるのが強くなった様だ。



「あー、そういえば麺料理をまだ食べてない」



正直お腹にこれ以上入る余裕は無い。

次の機会を待たなければ。






食事を一通り楽しんだ私達はフルーツ狩りに向かう事にする。

桃・ブドウ・イチゴ・キウイ・ミカン等々それぞれのフルーツは各エリアに分かれていた。

さすが仙境と言うべきか、季節に関係無く何でも揃っている。

フルーツを楽しみながらエリアを移動するには結構な距離を歩かなくてはならない。

腹ごなしには丁度良い運動になるかな。


園内は果物の甘い香りに満ち溢れていた。



「そういえばトマトって果物だっけ」


「それは野菜じゃ」


「豊葦原瑞穂の国の最近のトマトは甘くて」


「甘いのですか?」



暑い夏の日、冷やしたトマトやキュウリに塩をかけて食べるのは美味しかった。

けど何だかどれも昔の味じゃない。

何でも品種が違うらしいけど。



私は同僚へのお土産も考えて各種果実を、20人前位を亜空間収納に仕舞い込んでいった。

沢山取って行って申し訳ない気もする。

けど果樹園は広大だし、饕餮とうてつに比べれば可愛い物だよね?



「ずいぶん溜め込んでいくのじゃな」


「旅行から帰った時の同僚へのお土産にね。

 帰りに仙境のお酒もいくつか買って行きたいけど」


「それは良いですね、お酒も沢山種類がありますから」


「良い事を聞いた、我も仲間の守護天使達に果物のお土産を持って帰るのじゃ」


「それじゃ、皆さん、全種類コンプリートを目指しましょう」



何仙姑かせんこも煽って来るけど、全種類コンプリートを目指すとなれば、十数日は要るだろうね。

ここはそれだけ広い。

だって地平線の向こうまで果樹園なんだもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る