第64話「桃園の怪物」

私達は何仙姑かせんこお勧めの桃園に到着した。


桃園と言っているけど、明らかにフルーツパークだよね?これ。


桃のエリアだけを見れば、桃源郷と言われても疑わないだろうと思う。

そして桃のエリアだけではなく、様々なフルーツのエリアが彼方此方あちこちにある。

全エリアを見渡しても実に広大で、一日二日では回り切れない事が解る。



「凄いのじゃ……」


「これは良いですね、来て良かった」


「桃園って言うから、もっと規模が小さいかと思っていましたよ」


「ガウガウ」



崑崙仙界はお金が必要ない世界だから、どこでどれだけ食べてもタダだそうだ。

果物だけでお腹がいっぱいになりそうだけど、レストランだって営業している。

レストランねぇ、崑崙仙界に来て初めて働く人を見るのかな。

フルーツパークだって手入れや管理する人もいるだろうし。




私達は桃園の入り口を通り過ぎようとした時、桃園の人から制止された。



「あ、お客さん達、申し訳ないが暫く桃園は閉鎖中なんだ」


「閉鎖中?」


「なんでじゃ?」


「アイヤー!」



饕餮とうてつという怪物が出現して、彼方此方あちこちを食い荒らしていると聞かされた。


中国神話の怪物饕餮とうてつは体は牛で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。

饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪ると言う意味で名付けられているらしい。


何でも貪り食べる怪物で、危険だから閉鎖するしかないようだ。




「退治する人はいないんですか?」


「軍神に出動要請を出しているんですが、忙しいらしく中々来てくれなくて」


「じゃあ、このままじゃフルーツを食い荒らされるだけじゃないですか。

 レストランでジンギスカン鍋も食べられないなんて」


「むぅぅぅ、饕餮とうてつとやら、許せないのじゃ、我のフルーツを。

 誰も退治に行かないなら、我が大天使の名に懸けて成敗してくれるのじゃ」


「私は戦女神ですから、討伐を引き受けても良いですよ?」


「ガウガウガウガウ」


「皆さん、本当に危険ですからお止めになった方が。

 今までにも退治に行った者達が喰われておりますので」


「心配は無用じゃ、女神様がお二柱(ふたり)もいらっしゃるし、我も守護天使の一柱(ひとり)なのじゃ。

 暴食の怪物など退治してくれるわ」



さて、怪物は何処にいるのやら。

周りを見渡すと、五階建てほどの高さの大きな塔がある。

展望台を兼ねたモニュメントでもあるようだ。

階段を上り、最上階の展望室から広大な果樹園を周りを見渡してみる。



「何処にいるのか良く判らんのじゃ」


「遠くを見られれば良いのですが」


「では、遠見の神聖ルーンを発動してみますね

 Et fjernt objekt Vis detaljer foran meg(遠方の物我が目の前に詳細を現すべし)」



今まで地平線辺りに見えていた景色がズームされた。

果樹の絨毯に穴が開いているのがいくつも見える。

多分あの辺りに違いないと思えた。



「あの辺りですかね」


「ずいぶん遠いのじゃ」


「遠いけど、怪物がどう動くのか判りませんからね、閉園したのは正解でしょう」


「では退治に参りましょう」


チャンディードゥルガー様、走るのは無しでお願いします」


「そうですね、あれは時空を破壊しますから控えましょう」


「ええぇぇぇ? なんじゃそりゃ」


「これ以上桃園を壊されたら困ります」



目的地が断定出来たので、私達は移転で急襲する事に決めた。




------------




果樹の絨毯の穴。

それは正に果樹が喰い荒らされた跡地だった。

果樹の幹は半分の辺りで食い千切られ、上半分が地面に倒されている。


私達は様子見のために身を隠しながら辺りを伺った。



饕餮とうてつとやらの姿が無いのじゃ」


「でも変なのが沢山いるよ?」



子供位の大きさの魔物だ。

固そうな外皮に包まれた猿の様な。

毛が無くて緑色の肌ならゴブリンだろうけど。

道具を使えるほどの知能は無さそうだ。



「あれは鉄猿妖という魔物ですね。

 たぶん果実を狙って集まっているように見えるのですが」



何仙姑かせんこさんの説明で解ったのは、やたらと固い野猿って所かな?

でも明らかに野生の動物と魔物は違う存在だ。



饕餮とうてつの手下だったりしてな」


「ジブリール、その可能性は高いかもしれませんね」


「ぃい⁉ そうなのかや?」



鉄猿妖が私達の到来を饕餮とうてつに知らせる可能性が高そうだ。

饕餮とうてつとの戦闘中、鉄猿妖に邪魔されるとなれば、相当てこずる事になる。

冒険者や狩人、兵士がそこそこの人数では敗北する可能性が高い。


さて、どうするかと考えていた時、事態は急激に動き始めた。


ガウウウウ ガウウ ガウウ

  ウギャー ウギャギャギャ ギャギャー


後ろにいた神獣ドゥンが、私達の後方から近付いた鉄猿妖に突然襲い掛かったのだ。

鉄猿妖に騒がれ仲間を呼ばれたら面倒になるが、戦闘の騒ぎで仲間の鉄猿妖が一斉に気付いた様子。

どちらにしても一匹にでも見付かったのがマズい展開だ。



「拙い事になりましたね」



鉄猿妖の固さにドゥンは一撃で止めを刺す事が出来ず、戦いが長引いてしまう。

爪と牙で鉄猿妖は反撃をする。

鉄猿妖の反撃で傷付くドゥンではない。

大きな体躯で三匹を抑え込み、急所である喉元を狙うが決定打に至らない。

鉄猿妖の異常に固い毛皮に阻まれてドゥンは牙で切り裂くのに手間取っている。


そんな戦いの最中、鉄猿妖の仲間が加勢しにやって来る。



「仕方無いのじゃ、我等も戦わないと」


「そうだね、この上饕餮とうてつまで呼ばれたら大変な事になるよ」


「皆さん剣は大丈夫ですか?」



私とジブリールは亜空間収納から剣を取り出し抜剣した。

チャンディードゥルガー様は剣ばかりか様々な武器を取り出した。

何仙姑かせんこは細身の剣を用意したようだ。

四柱(よにん)で迫り来る鉄猿妖達の迎撃に出る。

戦うドゥンを背後にし、扇状に陣形を執り剣を奮う。



ジブリールの剣は薄青く光る天使専用の断罪剣というらしい。

それでも子供体形のジブリールは力負けしつつも善戦を続けていく。

子供姿だけど流石天使と言わざるを得ない戦いっぷりだった。


私の剣はオリンポス神界の鍛冶神ヘパイストスの造った業物(わざもの)だ。

固い鉄猿妖相手で多少の衝撃や抵抗はあるけど難無く切り伏せる事が出来ている。


チャンディードゥルガー様は四種の剣を扱いながら三叉檄を振るい、投擲武器を打ちつつ弓を討つ。

あれだけ沢山の武器を同時に扱っているにも関わらず、どれも障害になっていないのが凄過ぎ。


何仙姑かせんこは細身の天仙剣で、中国武術のような剣裁きで戦えている。

その動きって峨嵋剣術とかいうのかな。

体や剣を回転させて舞うように戦っている。



この戦いを普通の剣だったら対応しきれなかっただろう。

私達の神剣や仙剣、天使の断罪剣なら、多少子事でも切り裂く事は可能だ。

陣形を崩さない様に戦線を維持しながら戦った。





流石に数の多い鉄猿妖に梃子摺っていると別な獣の唸り声が響き渡った。



「拙いですね、饕餮とうてつが戦いに気付いてしまったようです」


「このシチュエーションだと中ボス戦になるのかな」


「中ボス戦? 何ですかそれ?」


「後でね、後々後!」



やがて果樹が喰い倒される音が近づいて来る。


こっちに向って来るのにも、食べながら来るんかい!


やがて目の前の果樹が喰い倒されつつ、身の丈6m程ある異形の怪物が姿を現した。

ドゥンと比べると一回りデカイかも。

鉄猿妖を従えている位だから、結構強いだろう事も想像できる。

人面は憤怒の表情だから私達に怒っているのだろう。




「あいつが饕餮とうてつなのか」



牛の様な体、人の顔、曲がった二本の角、虎の様に鋭い牙、人と同じ五本の指に尖った爪を持つ怪物。

そんな饕餮とうてつは多くの鉄猿妖を従えて彼方此方あちこちを貪っていたようだ。

討伐に来た私達は手下の鉄猿妖を屠っているから、敵と認識しているのだ。



ウゴアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!



大きな咆哮を上げ、歯をガチガチ鳴らしながら私達に近寄り始める饕餮とうてつ

私達はまだ少し残っている鉄猿妖に梃子摺(てこず)っている最中なのだ。

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