第63話「仙界の桃園」

崑崙仙界の観光名所って何があるんだろ。

私は考えてみた。

中華圏ならラーメンとか中華料理?

桃源郷って中華っぽい?



何仙姑かせんこさん、観光名所ってどこかある?

 中華料理が美味しいとか、桃源郷とか」


「桃源郷ですか、そのように大々的には宣伝していませんが、桃園ならありますね」



その桃園にはレストランがあるらしい。

やったね、これなら中華料理が堪能出来そう。



しかし大問題が発生した。



チャンディードゥルガー様は牛肉も豚肉も苦手らしい。

ジブリールは豚肉と酒類は禁止されていて、料理はハラール基準らしい。

皆それぞれだから、好き嫌いがあるのは仕方が無い。

でも、そんな好き嫌いを言われると、豚肉料理の多い中華料理で食べる物が無いよ。


ドゥンなら野菜以外は何でも食べるのかな。

後ろにコッソリときゅうりを置いてみたいけど。



「桃園のレストランにジンギスカン鍋があった筈ですから、それでどうですか?」



むう、桃源郷でジンギスカン鍋かぁ。

確かにそれなら使われる肉はマトンだから問題無いのかな。

でも中華料理っぽくないよね。


蘭州拉麺といえば牛肉麺ニョウロウミェンとか担々麵だろうけど。

最近は日式ラーメンが流行っているらしい。

どちらも駄目っぽいかな。


中国で『麺』と言えば小麦粉製品の事を指すらしい。

有名な麺はどれもうどんの亜種っぽい。

うどんとラーメンを同一で語っちゃだめだと思うの。






ジブリールが拘るハラールと言うのを調べてみた。


『ハラールはひと言でも、意味として2つあります。

 1つはイスラム法で合法である事。

 そしてもう1つは健康的、清潔、安全である事です。

 イスラームでは我々の日常において常に清潔を保つ事、

 自分が摂取するのに相応しい良い物しか他人にも与えません』


(健康的、清潔、安全である事)

これは納得出来るね。

変な薬品や汚い物が入っていたらどうなってしまうか解ったものじゃないし。


(日常において常に清潔を保つ事)

これも最もだよね。

身汚いのは誰が見ても駄目だ。


(自分が摂取するのに相応しい良い物しか他人にも与えません)

そりゃぁ変な物勧めて病気にでもなられたら申し訳なくなる。



『5:3.貴方方に禁じられた物は、死肉、流血、豚肉、アッラー以外の名を唱え殺された物、絞め殺された物、打ち殺された物、墜死した物、角で突き殺された物、野獣が食い残した物、但しこの種の物でも、貴方方が止めを刺した物は別である』


うーん、豚肉の生食が駄目な事は知ってるし、ペットなどの食べ残しを食べるのも駄目な事は解るけど。

料理するのに自分で屠殺からなんてやってられないよね。




『また石壇に犠牲とされた物、籤で分配された物である。これらは忌まわしい物である』


寺院で燔祭はんさいという生贄の儀式が毎日行われているチャンディードゥルガー様は論外って言われちゃいそうだね。生き血だって飲んでそうだし。




『しかし罪を犯す意図なく、飢えに迫られた者には、本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる』


知らなかったとか、飢えで背に腹は代えられなければ許すって事かな。




『捕らえた獲物に対して、アッラーの御名を唱えなさい』


これがハラール屠畜って事らしい。

祈られてない食材と微かでも接触させちゃ駄目らしい。

まあ、細菌処理を考えると、ある意味当然だね。



ハラールについて大体解ったのはこんな所だ。


大天使であるジブリールは私達と同じで本来食べなくても問題は無いんだけど。

しかし旅行中の私は現地の名物を味わいたい。

私だけが美味しい思いをしている所を、食べられない二柱ふたりが見ているだけと言うのは気が引ける。


まぁ、悩んでいても仕方ないか。

せっかく観光旅行に来てるんだから、教えてもらった桃園に行く事にした。


何仙姑かせんこが言うには、桃園では桃狩りが年中楽しめると言う。

崑崙仙界の桃園だから美味しいに違いないと思う。

出来れば桃以外にもフルーツがあれば良いんだけど。




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桃園で思い付くのはアレだ。

三国志で劉備・関羽・張飛の3人が、宴会で義兄弟となる誓いを結んだ逸話。


『我ら3人、生まれた日も時も違えどもここに兄弟の契りを結ぶ。

 心同じくして助け合い、困窮する者たちを救う。

 上は国家に報い、下は民の安らかな暮らしのため労を惜しまん事を誓う。

 生まれた日も時も違えども、死する日は同じ事をここに願うなり』


まぁ、私達が誓い合うものなんて何も無いけど。


私はアース神族の旅行者に過ぎないし。

チャンディードゥルガー様は私を豊葦原瑞穂の国に案内してくれる方。

ジブリールは私達にくっついて豊葦原瑞穂の国にいるアッラー様に会いたいという目的がある。


一柱ひとり天下平定なんて考えてなんかいないのだ。



「桃園までは遠いので龍を呼び出しますね。

 皆さん龍の背に乗って下さいな」


「ほおー、龍に乗せてもらえるのかや!」


「良いんですか?」


「どうぞ、歩いて行くのも何ですから」



何仙姑かせんこの庵から桃園までは結構遠いらしい。

なので私達は彼女が呼び出した神獣である龍の背に乗って行く事になった。

何で東洋のドラゴンはこんなに細長いのかな。


ドゥンも神獣だから空を駆ける事は出来るという。

でも、行き先が判らなければ、無駄駆けする訳には行かない。

結果、ドゥンも龍の背に乗せてもらう。


皆が背中に乗った事を確認した龍は、体をくねらせながら空間を駆け出した。

地面からの高さはどんどん開いていく。

鳥の様な風を切るという飛翔じゃないけど、十分に早いと言って良い。





実は洋の東西に関わらず、龍やドラゴンの原型はワニなんだよね。

中国南部やベトナムなどや黄河に住むワニは鼉竜だりゅうと言うらしい。

人間世界で言われる英雄の竜退治ってのは、大概これだ。


但し、龍神の場合は姿は似てるけど別系統の存在だ。

龍神は世界創造の頃から既にいたし、知能だってかなり高くて蛇のご先祖でもない。

きっと後世の人間が混同したのかもしれないね。





私達の乗る龍は霧の立ち込める渓谷部を縫うように飛んでいた。

周囲の景色はモノクロじゃないけど、水墨画の様な幽玄の世界を彷彿させる。

彼方此方あちこちにそそり立つ岩山、岩肌の隙間から生えている松の木。

途中、岩山の天辺に見える建物は大概小さいから、どれも庵なんだろう。



「なんと水が豊かな世界なのじゃ、砂漠の世界とは大違いなのじゃ」



ジブリールにとっては世界観が違い過ぎて感嘆するしかない様子。

北欧圏のアース神界にも緑は多いし、世界樹だってあり、海にも面していた。


でも、ここの風景は一種独特な空気感があるよね。

人の姿も殆ど見ていないし、田畑すら見た事が無い。

皆何して食べてるのかな。


あ、そういえば皆仙人だから食べなくて良いのか。

食・住・お金の心配が無ければ、人ってこんなに余裕が出るんだ。

誰しもが好きな事をしてのんびり暮らしていそうだね。


実際不死の体を創るには、余りにも膨大な『気』を凝縮しなけりゃならないから、時間もかなり掛かるだろう。

本気で神仙になるには、人生の全ての時間を費やしても足りないかも。

でも中にはそれをやり遂げるバカもいるってか。

それで神仙になったら勇者扱いされる訳だよね。



「皆さん景色を十分に堪能なさっておでですね。

 雰囲気を盛り上げるために、私が一曲奏でましょうか?」



何仙姑かせんこは何処からともなく楽器を取り出した。



「変わった楽器ですね」


「二胡というのですよ」



柄の長い二弦の楽器で二胡というらしい。

バイオリンの弓のような物で験を擦って音を出す。


https://www.youtube.com/watch?v=LWHgPdaUmQE

二胡 シルクロード


ゆっくりとしたテンポの曲は周りの風景に合っていて良い雰囲気だ。



「結構上手いですね」


「仙人ですから時間はいくらでもあるんですよ」



何仙姑かせんこの言葉で気が付いた。

仙人って究極のニートなのかも。

だって、衣・食・住の必要もお金の心配も無ければ、働かなくて良いよね。

俗世の欲も無ければ、買い物だってしないだろうし。

だから修行三昧の日々でも誰も一向に構わない。


ジブリールじゃないけど、ほんま、ここは天国やないか。

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