第59話「問題児ジブリール」

私達は面倒臭そうなのを振り切ってカシュガルに向かう事にする。


旅行ガイドによれば、カシュガルは古くからシルクロードの貿易地で、中央アジアと中国を結ぶ要衝として発展した都市らしい。

インド・ヨーロッパ語族系の白色人種が住む、疏勒国しょろくこくの主都として栄え、中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区に位置する県級市とあった。



「ふうん、侵略にあっているのか、気の毒そうな所ですよ」


「中国神界は政治的に追いやられていますからね。

 なんでも共産主義思想は宗教を認めませんから」


「共産主義思想ですか、確かアシュケナジーユダヤの注文でマルクスが書き上げた。

 共産主義思想は思想侵略兵器というのが正体だと思っているんですけど。

 何たって共産主義国は必ず貧乏になって行って、住民も勤労意欲を失くしますもん」


「本来、それが狙いなんですよね。

 中国では『共産』なんて言葉は政治の上の方にしか残っていません」


「そうなんですか、上手い事やってるんですね」



旅行ガイドを見ながらチャンディードゥルガーと語りながら歩いていた。、

そんな時、後ろから追い掛けて来る者がいた。



「待てー、待つのじゃお前達」



「あれはジブリール」


「また来たのですね」



「はあはあはあ、やっと追い付いたのじゃ。

 我とした事がたぶらかされる所だった。

 お前らは何と悪質な悪魔じゃ、大天使の名を以て成敗せにゃならん」



「はあ? 勝手に絡んで来て何言ってんのさ」


「だ、黙るのじゃ、ザバニーヤ、此奴こやつらにアッラーの裁きを!」



ジブリールの招請に応え、以上に筋肉質の天使が炎と共に現れた。



「この者はザバニーヤ。

 偉大なるアッラーに背く者に鉄槌を下す正義の天使なるぞ」


「正義の天使ねぇ」



私とチャンディードゥルガー様はウンザリする。

元より下位存在の天使が女神に敵う道理は無い。



「何じゃ、その顔は、地獄で後悔するが良い、掛かれザバニーヤ!」



前傾姿勢で突っ込んで来たザバニーヤはチャンディードゥルガー様のパンチ一撃で地に伏せる。



「ふん、他愛も無い」


「ああ! ザバニーヤが」


「ジブリール、まだ判んないの?

 下位存在のあんた達じゃ上位存在の私達には敵わないの」


「うう、騙されないのじゃ、我はもう悪魔にたぶらかされないから無駄なのじゃ」


「あのね、私達はただの旅行者なの。

 あんたらが何考えてるか知った事じゃ無いし、面倒事も嫌いなの。

 絡んで来なきゃ、私達は観光して次の地に向かうだけ、解る?」


「お、お前たちは偉大なるアッラー様の敵なのじゃ、背徳の異教徒め」


「失礼な、私、豊葦原瑞穂の国でアッラーに文句言ってやるからね」


「う!」



ジブリールは葛藤している様だ。


ジブリールは一神教の世界の者だから、メタトロンの叱責は正しい。

しかしヒルト達に付いて行けば、会えないアッラー様に会えるかもしれない。

それはクルアーンに反し、彼女達を女神と認めざるを得ない事でもある。

ジブリールは大天使の一柱ひとりとしてクルアーンに反する訳には行かない。



「うえええぇぇ~ん。 お前達は意地悪なのじゃ」


「一方的に絡んで来たのはあんたでしょ?」



もう、本当に面倒臭い。

泣き喚く少女を置いて行くのは気が引ける。

けどジブリールは大天使様らしい。

仲間も近くにいるようだから、私達は先を急いでも良いよね?



「じゃあね、私達行くから」




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翌日私達はカシュガルに着いた。

結構距離があるから、ドゥンの背に乗って連れて行ってもらっての速度だ。

この街も石造りの建物が多い。

エイティガル・モスクを見るとジブリールを思い出すから、観光はパスする。

ウイグル旧市街と職人街を観光しながらウイグル料理を堪能した。


私達は雑踏の中、バザールを見て回る。



「私達を付けて来る者がいますね」


「あいつ、ここにまで来たのかぁ」



人影に紛れながら尾行しているのは少女の様だ。

という事はジブリールに違いない。

少女なのにニカーブスタイルでもなく、ヒジャーブスカーフを被っていないのは不思議だと思う。

でも鬱陶しいのは確かだ。



ちょっと問い詰める事にした。



私が囮になってバザールを覗いて回る。

ジブリールが近づいて来たらチャンディードゥルガー様が取っ捕まえる。

そのために気配を消して距離をとる。




露店の骨董品を眺め回すけど、良いものなんて判らない。

適当に値段交渉をして諦める事にした。




「おっちゃん、これなんぼ?」


「お嬢さん、目が高いねぇ、これは2000ルピーだ」


「ええ~高いよぉ、諦めだね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、美人さんにオマケして1000ルピーでどうだ?」


「ダメダメ、どうせ価値無いんでしょ? 10ルピーが良い所かな」


「お嬢さんそれは無いぜ」


「じゃあ、要らない」


「ちっ貧乏人めが、どうせ買う気は無いんだろ、あっち行った行った!」



そんなやり取りをしていると、後ろから声がする。



「捕まえた」


「なっ! 気付いておったのかや」



振り向くと十本の腕でホールドされたジブリールがもがいている。

私達は話が出来そうな場所まで移動した。



「ジブリール、あんた何で私達を付けて来るかなぁ」


「そ、それはあれじゃ、お前らが良心的なムスリム達をたぶらかさない様にだな」


「嘘おっしゃい」


「大天使様とやらは嘘吐くんだ」


「う、そ、それは……」



ジブリールの本心は、豊葦原瑞穂の国に本当にアッラー様がいるなら会いたい。

私達が本当に知っているなら、旅に付いて行きたいと言うのが本音の様だ。

しかしメタトロンの言葉もあって、確信が得られなくなったようだ。



「信じるも信じないも貴女次第ですね」


「そ、そう言われると困るのじゃ」


「私としては、敵視してくる者と旅をしたくないし」


「貴女達一神教守護者は私達とは折り合いが付かないのでしょう? なら同行は無理ですね」



私達の問い詰めにジブリールはグスグスと泣き出した。

気持ちと信仰との葛藤に答えが出ない様だ。

鬱陶しい奴だけど、泣いている少女を見ると見捨てる気にもなれなくなって来る。



「じゃあさ、私達と同行する間は信仰を封印するとか」


「そうですね、信仰の押し付けさえしなければ」


「我が信仰を封印すると、守護天使じゃ無くなってしまうのじゃあ」



ジブリールは信仰を封印すると、アイデンティティが崩壊すると泣きじゃくる。



「世界中ムスリムの人で、旅行する者もいるはずなんですけどね」


「そういう人はどの様に折り合いを付けてるんでしょうね」


「そういう人と同じにすれば良いのじゃな?」



ジブリールに希望が見えた様だ。

しかし職責的に休暇は取れるのかな。

食事でハラールの問題だってあるだろうに。


宗教の戒律云々言い出すと本当に面倒臭い。

チャンディードゥルガー様にも時々それっぽいものが見え隠れするけど今の所問題は無い。



「我が折り合いを付ければ良いんじゃな?

 一度戻って調べてくるのじゃ。

 それで許可も貰って来る。

 だから旅に同行させて欲しいのじゃ」



正直ウンザリだけど、熱意は汲んであげても良いかもしれない。



「では行ってくるのじゃ」



三日後、ジブリールは荷物を持ってやって来た。

こうしてウザイのが旅の仲間に加わった。

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