第54話「アレクロウド王国のアルレース⑧ アリエット王女」

アリエット王女の部屋の中でアルレース達は話し相手になっていた。

エルネットとフロラリーは非番の時間だが、王女殿下の要望で付き合わされている。



「貴女が小隊旗を掲げたエルネットで、殿しんがりを務めたのがフロラリーなのですね」


「は、恐れ入ります」


「皆さん、そんなに固くなられると私も肩が凝りますわ。

 もっとフランクに接して頂きたいのです」


「王女殿下の前で無礼は許されませんので」


「私が望むのですから、決して無礼では御座いません事よ?」



アリエット王女はアルレース、エルネット、フロラリーをテーブルに着かせお茶の支度をさせていた。

部屋付きメイドは四人にお菓子とお茶を配る。



「私はね、アルレースが生還してくれただけでも嬉しいのです。

 でもただの生還どころかアルレースは『黄金騎士』になって首級を上げての勝利と言うではありませんか。

 噂には聞いていましたが、初めてアルレースの実力に驚いたのです。

 こんなに強くて凄い人が私の護衛騎士で鼻が高いです」


「僭越ながら、アルレース隊長は本当に凄い方です。

 何と言っても私達、誰一人欠ける事無く、勝利を勝ち取ったのです」

「隊長は猛稽古で有名な『命知らずのアルレース』と有名ですから。

 最初の頃はどんなに恐ろしい方かと不安で不安で」

「いざ話をしてみると以外とお優しくて信頼の置ける方だったのです」


「ふふふ、アルレースが褒められると私も嬉しくなります。

 許されるなら、私もアルレースにお稽古を付けて頂きたいですわ」


「剣を持って戦う王女殿下って、想像し難いです」


「良いですね、『剣を持って戦う王女』というのも」


「それは止めた方が宜しいかと」


「何故ですの? 政略結婚の駒という人生では詰まらないではありませんか」



このままでは本当に王女殿下が剣術の稽古を始めそうだ。

すかさず話題を変えるエルネット。



「そういえば、アルレース隊長に一度聞いてみたかった事がありまして」

「あ、それは私も同じです。

 どうしてあれほど過酷な訓練に明け暮れているのですか?」



「皆さんに私の秘密を話せと言うのですか?」



「秘密? 隊長に秘密なんてあったのですか?」

「フロラリー、誰にだって明かす事が出来ない事情はあります」


「そうですわね、エルネットの仰る通りです。

 でもね、私はもっとアルレースの主君に相応しくありたいと常々思っています。

 希望としてアルレースが何でも私に打ち明けて、相談に来てくれればと願っているのですよ。

 そのためにも私はもっとアルレースの事が知りたいのです」



アリエット王女は急に人払いを命じ、扉の外にも人がいない事を確認し始めた。



「皆さん、ここからのお話は絶対他言無用を厳命します。

 もし口外したら、命は無いと存じて下さい」



思わず息を飲む一同。

アリエット王女は一冊の本を取り出した。

それは療養中のアルレースが語った口述書の写しだ。



「あ、それは!」


「アルレースには悪いと思いますが、重要な事を話して下さらないのです。

 私はもっとアルレースの心を知りたい、出来ればちからになって差し上げたいのです。

 そうすればいつも張り詰めて暮らす必要も、少なくなるのではと考えました」



エルネットとフロラリーはゴクリと唾を飲み込んだ。


アリエット王女が朗読する内容は、ほぼ今まで聞いて来たものと同じだった。



「エルネットとフロラリーはどの様に思いますか?」


「はあ、アルレース隊長の夢の物語かと」

「私もそんな世界で遊んでみたいです」


「違います。

 これらの内容はアルレースが本当に体験してきた事実。

 そのように素直に考えなければ、全ての辻褄つじつまが合いません」


「それでは」


「まだ急ぐ段階ではありません。

 続きが有るのです」



内容はインドのデーヴァ神界からになる。

ヒルトとアルレースを助けてくれた三女神の存在の話だ。



「すごい女神様がいたものですね」

「私は小さい頃、お母様に読んで頂いた神話では、女神様はお優しい方ばかりと聞かされて来ました」


「私はアルレースになったつもりで読み込みました。

 アルレースはこの三女神様が恐いのではないですか?」



核心を突かれたアルレースは黙って頷いた。


アルレースはデーヴァ神界で会ったチャンディードゥルガー女神が恐いと感じた。

たぶん、あの女神様は鬼神だったのではないかとも思えるほどだ。

一旦怒らせれば、世界は破滅させられるほどの力を女神達は持っていた。

オリンポス神族でさえ、アトランティス島を一晩で破壊し海に沈めたのだ。

女神ヒルト様を守護するエインヘリヤル神のための戦士としてチャンディードゥルガー女神から護れる力が欲しい。



「アルレースの本心はアース神界の女神、ヒルトの側仕えになりたいのではないでしょうか?」


「ええ!? それでは」

「二君に仕えるなど騎士として」


「エルネット、フロラリー、落ち着きなさい。

 アルレースは人としての人生をまっとうするように、女神ヒルト様から神命を受けています。

 私としては、アルレースに死ぬまで私を主君と思ってもらいたいのです。

 他の貴族のようにアルレースを政争の道具に使うなど到底吊り合いません」


「ではアルレース隊長は死後、女神ヒルト様の騎士になるのですか?」

「私達と同じように天国で幸せになれないのですか?」


「エルネット、フロラリー、考え方を変えてみたらどうでしょう。

 アルレースは死後、女神ヒルト様の騎士として共にあるのです。

 良いですか? 女神様を主君としてお側にいられるのですよ?


 そこで問題です。私達の人として寿命はどの位でしょう?」


「え、と、60から80位でしょうか」


「つまり、まだ40年から60年位は、人として貴女方の上司でいてくれる筈です。

 それくらいの間、私の護衛騎士でもいてもらいたいですね」



エルネットとフロラリーは安堵し胸を撫で下ろす。

アルレース隊長は明日、明後日に死ぬと言っている訳ではない。

平穏に行けば、あくまでも年を取って天寿を全うしてからの話なのだ。


しかし公にして良い情報ではない。


誰にどの様に利用されるか、誰にも判らないのだから。

この国には神官もいる。

利害関係で衝突する可能性が無い訳ではない。

アリエット王女は、その可能性を十分熟知していた。



「アルレース、私は貴女の良き主君となれるでしょうか?」


「アリエット王女様、私はまだまだ弱いのです。

 人のままでは到底女神様達に追い付けない。

 私は非力で護衛騎士すら務まらないのです」


「貴女はデーヴァ神界の女神様が恐いのですよね?」



アルレースは黙って頷いた。



「世界中どこにも鬼神なんていません」


「いいえ、アリエット王女様、鬼神は本当にいるのです。

 私は会ったから知っています」



オリンポス神族の軍神アレスですら敵わなかったのだ。

オリンポス神族ですら一柱ひとりで殲滅出来る女神で間違い無い。



「それは恐ろしいですね。アルレースは私の事も護って下さいね。

 私には貴女の心を守る事位しか出来ませんが」


「残念ながら私はまだまだ弱い。本当に弱過ぎるのです」


「貴女は『黄金騎士アルレース』なのですから、もっと自信をお持ちなさい。

 恐ろしい女神様とだって、女神ヒルト様はお友達になったのではないですか?」


「そ、そうですよアルレース隊長。

 親しい友人は決して危険な敵ではありません」

「アルレース隊長は、もっと女神ヒルト様を信じてあげて下さい」


「私はアルレースを羨ましいと思います。

 女神ヒルト様に嫉妬してしまいそうですわ」



アルレースからは何時しか悲壮感は無くなっていた。

それでも常人を超える訓練を欠かす事は無いのだが。

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