第49話「アレクロウド王国のアルレース③」

アレクロウド王国の王城内ではキナ臭い噂が囁かれるようになって来た。

先代の王に仕えていたラウゴット辺境伯と現国王ディナダムとの間の確執が広がり始めているというものだった。

このままではいずれラウゴット辺境伯は反乱を起こすかも知れない。


王城の中では日々緊張感が増して行く。


第三王女アリエットは城内で安全を確保していれば、それほど危険は無いだろうと判断される。

それならばアリエット王女の護衛はオルギーナと側近だけで事足りる。


公ではない所でアルレースにも、女性騎士団を引き連れての出兵が通達された。

火急の場合、少しでも戦力は必要になる。

最近頭角を現し女性騎士最強と噂されるアルレースが戦力の一端に数えられない理由は無い。





「アルレース、戦場で死なないで下さい。

 私の護衛騎士として、絶対に生きて帰って欲しいのです。

 そうですね、私の願いでは弱いかもしれません。

 王家の者として私はアルレースに命令を下します。

 『絶対に生きて帰れ』です、宜しいですか? 王家命令は絶対順守です」



アリエット王女殿下は涙ながらアルレースに無理な命令を下した。

王女殿下にも解らない筈は無い。戦いは運にも左右されるものという事を。

そんな無理を言うほどアルレースに生きて帰って欲しいとアリエット王女は願っている。



「承りました」




「オルギーナ様、アリエット王女殿下の護衛をお願いします」


「引き受けた。

 アルレース、絶対に生きて帰って来るようにね」



引継ぎを終えたアルレースは兵舎に向かう。




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兵舎の個室内でアルレースは私物を確認し始める。


戦場では傷薬は絶対に欠かせない。

傷を負って衛生兵を一々待ってはいられない。

自分で出来る応急処置はすれば良い。

しかし応急処置では間に合わない怪我の場合どうすれば……。


私物の片隅にある物を見て考える。

ミニチュアの鎧兜の箱。

傷薬として頂いた神酒ネクタルとアムブロシア。

これを持参していれば、どれほどの危機的状況でも何とかなりそうだ。



戦場で戦死するのも悪くは無い。

しかしアリエット王女から生きて帰れと厳命を受けた。

例え生き長らえても、ヒルト様にとっては誤差の内なんだろうなと思う。

ならば騎士道を順守して、アリエット王女の命令に従った方が良いだろう。



アルレースはミニチュアの鎧兜と神酒ネクタル、アムブロシアと傷薬を袋に入れ腰に下げた。




最強女性騎士と目されるアルレースは五人小隊の隊長に任命された。

部下となる騎士達は当然女性騎士という事になり、以降はこの四人と同居し行動を共にする。


宿舎の移動も終わり、アルレース小隊は互いに紹介し合う事になった。

女性騎士達にとって、隊長であるアルレースを知らない者はいなかった。

アルレースがどんな女性騎士であるか、どれほど苛烈な訓練に明け暮れて来た人なのか。

それを思うと何かしら不安感を拂拭出来なかった。



「皆、私にも自己紹介を頼む」


「あ、はい、私はエルネット、インハルト子爵家の長女です」

「私はフロラリー、ルクハンス男爵家の長女です」

「私はデライネス、エッカルト子爵家の三女です」

「私はアンジット、バルナント子爵家の次女です」


「私の事は周知だと思いますが、アルレース、ドルフレッド伯爵家の次女です」



女性騎士だけあって、皆貴族家の子女ばかり。

階級的にも役職的にも、アルレースが一番上の立場という事は一目瞭然だった。



「皆さん戦場は初めてですか?」


「はい、初めてです」

「初めてなので恐いと感じています」

「あ、それは私も同じです」

「戦場では人が死ぬんですよね?」


「私は二度目になりますか、前回は戦ってはいませんでしたけど」



戦場経験のあるアルレース隊長に四人は尊敬の眼差しで見る。



「でも皆さん、心配は無用です。

 私は皆さんの命を隊長として預かるのです。

 必ずや一人も欠ける事無く、生還出来るように頑張りますので宜しくお願いします」



『命知らずのアルレース』の心強い言葉に皆は安心感を覚えた。

何せ女性騎士最強のアルレースが隊長なのだ。

彼女以外に他の誰を頼れると言うのだろうか。

戦場経験の無い彼女達は、誰よりも頼れる上官として安心感が広がって行く。



誰にも言えないが、私には秘薬がある。

さすがに王国の兵士全部に回せるほどの量は無いが。

戦場でどれ位減るか判らないけど、ごく少量でも大抵の傷は完治する。

即死で無い限り、瞬時復帰は十分可能なはずだ。

部下である彼女達が即死の危機を迎えれば、私が盾になって護れば良い。


戦場で打倒され、殺されるのは恐くないと言えば噓になる。

しかし私は死後エインヘリヤル神のための戦士になれるのだ。

その称号に恥じぬ戦いをしなければならない。



「アルレース隊長、何か良からぬ事考えていませんか?」

「何か薄笑いを浮かべていますよ」

「ひょっとして戦争が楽しいのでしょうか」

「まさかアルレース隊長は、殺人狂じゃないですよね?」


「え? あ、私が脅えていると皆さんは不安になるでしょう?

 だから大胆不敵に笑っていた方が良いのです。

 さあ、皆さんも大胆不敵に笑いましょう、ね?

 そうすれば強そうに見られますから」


「なるほど、その通りです」

「流石戦場経験者は違いますね」

「アルレース隊長、心強いです」

「ふふふ、私達は誰にも負けません」


「そう、それで良いのです。

 笑っていれば、不安や怖さが小さくなるでしょう?

 戦場でもその笑顔は忘れないで下さい。

 恐怖は笑いで吹き飛ばすのです、皆さん良いですね?」



四人はアルレース隊長の言葉で、変な自信が湧いて来るのを感じていた。

咄嗟の言い訳が変な状況を作ってしまったようだ。

今さら後には引けないし。

実際に笑いはメンタルの底上げに一役有利に働く。


その晩、兵舎のアルレース小隊部屋から変な笑い声が漏れていた。

その変な笑い声に不気味さを感じる騎士達がいた。

後にアルレースの小隊は、狂戦士(バーサーカー)と恐れられる事になる。

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