第39話「エジプト」

私達はアテナとアルテミスにお礼を述べ、次の旅行地を目指す事にした。



「こちらの観光は満足して頂けたようで良かったですね」


「また来られる事があれば、連絡頂ければ協力しますよ」


「ありがとうございます、アテナ様、アルテミス様」



移転ステーションに向かい、ロビーで地図を広げ次の予定地を考える。


ここオリンポス神界から近い所は、エジプト神界かメソポタミア神界になるのか。



「地図を見るに、もう少し近場にも沢山の国があるみたいですね」


「一神教の国はチョットヤバイ事情があるからねぇ、正直近寄りたくない」


「そうなんですか」



宗教に嵌った者達にとって、歴史的事実と感情は別物なんだよね。

事実がどうあれ、自分たちの常識と違ったりすると激しい排斥に繋がったりする。

問題が起こりこそすれ、良い事が無い。



危険地帯の中に在る事は在るんだけど、エジプトとメソポタミアは捨て難い。

どちらも永い歴史があって歴史的建造物も多い。

だから観光名所になっている。



「差し当たってエジプト神界はどうかな」



王都のアレクサンドリアは戦火に会って滅び、現在は水没している。

アレクサンドリアの大図書館は戦火で消失してしまった。

おそらくあの地域の英知が結集していて歴史的資料が所蔵されていたはずなのに。



「ものすごく勿体無いですね。

 戦争が歴史的英知を灰燼に帰して人類を馬鹿にしたというか。

 私も騎士として考えなければならない事かも知れませんね」


 

エジプトの神々は元々王家の宗教だった。

その王家は最後の女王クレオパトラ7世の時代に終焉した。

今はイスラム教圏というのが物悲しいと思う。



「エジプト文明って何時から始まったのですか?」


「そだねぇ、6000年前、青銅器時代だね」


「6000年ですかぁぁぁ!」


「エジプト王朝が紀元前3000年頃で、メソポタミア文明とほぼ同時期だね」


「紀元前3000年、もう眩暈めまいがします。

 って、アトランティスが沈んだのが12000年前という事は、随分間が空いてますね」


「何があって失われたんだろうね」



このエジプトの地は6000年の歴史が砂の中に埋まっている。


アルレースには神々のタイムスケールが膨大過ぎて想像が追い付かない様だ。







私達は移転門を潜った。




「この世界は暑いですね」


「ムスペルヘイムに比べれば、それほどでもない」


「それはそうですけど……。

 それに砂漠ばかりで砂だらけですよ」



アルレースは既に暑さで辟易した様子。



「地軸が傾くまでは緑が多かったって聞いてたけどね」


「ここは緑の地だったのですか」


「紀元前10500年頃はね」



実際にスフィンクスには雨水での浸食痕が付いている。

エジプト文明発祥以前からあったモニュメントだ。

人間の手に渡るに相応しい日が来るまで、太古の英知は秘蔵されている。



移転門ステーションは古代遺跡に隠されていた。

神界と人の世界が融合したような次元断層が感じられる。

やはり宗教圏の移動でエジプト神界は浸食されているのが判る。


私達は砂漠を歩いて人のいる所を目指す。



「ヒルト様、神様の世界が無くなったら、神様達は何処に行くのです?」


「さあ? そこまでは知らないけど、他の神界に行くとか、他の世界に行くとかかな」


「神様も大変なんですね」


「まぁね」



二つ三つ砂丘を超えたころ建造物が見え始めた。



「ヒルト様、あの三角形の石の建造物は何ですか?」


「有名なピラミッドだね」



フィロンが紹介した『世界の七不思議』にあるギザの第三ピラミッド。

大小三つのピラミッドが建っている。

本来外側は化粧板としての大理石が張られていたはずだ。

今は一部だけ痕跡が残り、頂上には冠石が無い。


ガイドによれば、その神殿は『飛来御堂』と言うらしい。

ギザの第三ピラミッドを建造したメンカウラー王を、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは『ミケリヌス』と呼んだ。

神武の兄の『ミケイリノ』は世襲名で、建設大臣のような役職名だった。

『ミケリヌス』は『ミケイリノ』のなまった物である。



「本当なんですか?」


「このガイドは神界の目線で書かれているからねぇ」



エジプトの神トートについては、

卑弥呼の本名「倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)」とも紹介されていた。

文化浸食が何処まであるのか今は不明だけど、他の神々も似たか寄ったかかも。



「それは何処の言葉なのでしょう?」


「たぶん豊葦原瑞穂の国かな」


「どの様な世界なのか楽しみですね」



アルレースは目を輝かせている。



「あの動物のような建造物は何でしょう?」


「あれがスフィンクスね」



ピラミッドが神殿なら参道に守護獣狛犬が置かれていても不思議じゃない。

本来は二体あるはずなんだけど、いつの時代かに壊されてしまったようだ。

なぜそう判断出来たかと言えば、基本となる神社がそういう形態だからだ。


やがてピラミッドの近くまで歩いて来た。

そこまで来れば舗装道路が通っているから街まで行けるだろう。



「変わった動物がいますね」


「あれがラクダかぁ」


「ラクダという動物なのですか」



ラクダは砂漠を歩くのに最適な動物だ。

馬より足の裏が広いから砂に足を取られて歩けないという事が無い。

背中の瘤に栄養を溜め込めるから、食料の乏しい砂漠でも持久力がある。

そんな理由で昔から商隊キャラバンによく使われて来た。


現地の人が体験騎乗や記念写真を撮らせたりと商売をしている。



「へぇぇー、馬より凄いのですね」


「たぶん馬より早くは走れないかもね。

 でも持久力は馬より凄いよ」



ここにいても暑いだけだから、カイロの街を目指す事にした。

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