第37話「怒る女神、突貫する」

一応執務室と応接室はある。

そしてもう一室、プライベートルームがある。

その部屋の中は察していた風景と酷似していた。


床に散らばる書籍と食器、いくつかの食べかす。

奥のソファーに寝転がるアレスは、立てた水鏡に夢中になっている。

さすがにコントローラーを持ってはいないけど。

その姿は正にヒッキーそのもの。


私達の入室に気付いたアレスは驚いて起き上がる。



「何だ、お前ら」


「お兄様に申し上げたい事が御座います」


「あんた、ヒルトさんの従者に悪戯したんだってね。

 あれは同じ女性として看過出来ないの」


「はあ? ヒルトだって?

 お前なぁ、移転能力を与えてやったのに、恩を忘れて何しに来やがった。

 一人じゃ移転も出来なかった下級神のくせしやがってょ」



アレスは私を恩知らずと罵り始める。


いや、あれは能力をやるから、さっさと出て行けって事だよね。

私だって好きで乱入した訳じゃない。



「あんた、恩も何も無いでしょう、偉そうに」


「そうですよ、ヒルトさんの従者の方には関係が無い事でしょう」


「ヒルトがこうも恩知らずな奴だとは思わなかったぞ。

 なら与えた能力を返してもらう」


「これ以上酷い事をするのは止めなさいよ」


「与えた能力を奪うなら、私が彼女に同じ能力を与えます」



私は移転能力を取り戻されたが、アルテミスから同じ能力を貰った。

これでアレスからの借りは無くなったはず。



「俺はそいつに乱入されて敗北したんだ、仕返しくらい良いだろうが」


「どうせ大した事じゃ無いのでしょう」


「うるせえな、俺にゃぁ大した事なんだよ、恩知らずは出て行け!」


「アレスさんの従者を元の姿に戻しなさい」


「うるせぇ、俺の邪魔をした罰だと受け入れろ」


「何ですか、その態度は」


「お兄様、意地を張るのは止めて下さい」



アレスは一向に聞き入れない。


まるで駄々っ子だね。


アレスは二柱ふたりにガンガン攻め込まれるが、一向に聞き入れない。


話から察すると、アルレースは妖精フェアリーの姿に変えられた訳じゃないらしい。

アルレースの体は元の世界に在って寝ているとか。

魂だけが抜かれ、妖精フェアリーの中に突っ込まれているという。


しかし私にはアルレースを元に戻す事が出来ない。


元の妖精フェアリーの意識はどうなってるんだろう。

表に出ていないって事は、アルレースの意識に押し込まれてるのかな。


しかも妖精フェアリーはどこから連れて来たんだろう。

やっぱりアレスが攫ったとか?




相変わらずアレスは頑として引く気が無い。

アテナとアルテミスに言い寄られても益々頑なになる。



「ヒルト様、私はこのままでいる方がお供出来て嬉しいのですが」


「アルレース、駄目でしょう、それは」



長い事眠りから覚めないとアルレースの家族は心配でならないでしょうに。

それでもアルレースが従者になりたいなら、人としての人生が終わった後の話だと思う。

そもそも私は従者なんて持てるほどの身分じゃない。

従者が同居を希望するなら、私は社員寮を出なきゃならなくなるし。





アテナとアルテミスvsアレスの口喧嘩は益々激化した。



「お兄様は関係の無い女性まで巻き込んでいるのですよ。

 しかもアルレースさんばかりか妖精フェアリーまでも」


「あんた女の敵だよ」


「何で人間や妖精如きでそこまで言われにゃならないんだ」


「他人の人権を無視するなんて神にあるまじき思い上がりですわ」


「たかがゲーム如きで外国の方達に迷惑掛けるなんて恥を知りなさい」


「あんなの恩知らずじゃねーか、知るかそんなもん」


「偉そうに、どんな恩を与えたと自慢する気なんですか」


「その恩とやらは取り返したんでしょ、ならヒルトさんは恩知らずじゃありません」


「うっせぇわ」



アテナとアルテミスに口で勝てなくなったアレス。

怒りも頂点に達し、剣を抜き放ち暴れ出す始末。

もはや冷静な交渉は不可能だろう。

双方もつれた感情を解いて解決する方法なんてあるだろうか。



「この事は大神ゼウス様に報告しておきますよ」


「私達に敵わないと思えば暴力で誤魔化す気ですか」


「勝手にすれば良いだろうが、俺は悪くない」



ゼウス自体トラブルメーカーだから、言っても無駄かもしれない。

アテナとアルテミスは私達に申し訳なさそうに頭を下げる。



「私達の説得は失敗してしまったようです」


「従者のアルレースさんを元の姿に戻してあげられず残念です」



気まずい雰囲気だ。

ひとまずアテナの神殿で一息つく事にした。

今後の計画を練り直さなければならないだろう。

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