第32話「ヘパイストス②」

「昨日はまるで話になりませんでしたね」


「まぁ、酔っぱらいってあんなもんだし」


私達は宿の部屋で今日の予定を考えていた。

ヘパイストスがあんなオヤジなら、もう行かなくて構わないかもしれない。

そうと決まれば、鍛冶屋に装備の修理を頼みに行くことに決めた。



「この街に鍛冶屋って沢山あるんだね」


「どこの鍛冶屋が一番腕が良いんでしょう」


「問題はそこだよね」



宿のオヤジさんに聞いてみると、鍛冶の神ヘパイストスが最高の鍛冶師だと言う。

まあ、鍛冶の神様だからねぇ、そう言うだろうね。

一般人の仕事を引き受けてくれたらの話だと思うけど。

常識的に神様に仕事を気軽に頼めるとは思えないよね。


外に出て色々な店を物色しながら、同じ事を聞いてみた。

聞けば誰しもが同じ答えを返す。

鍛冶の神ヘパイストスが最高の鍛冶師だと。

もう聞くのは諦めた方が良さそうだ。



諦めて適当な鍛冶屋に相談して見る事にした。



「この剣や盾を修理したいんだけど」


「お客さん、グラデウスなんか使ってるのかい?」



鍛冶師から妙な事を聞かれた。

絵で見せられると確かにグラデウスとウルフバートはそっくりに見える。

それでも修理を頼むと、しばらく観察した鍛冶師からは無理だと言われてしまう。



「すまんが、俺の技量じゃこれを扱うのは無理だ」


「えええ? だって一番たいした事無い剣のはずだよ?」


「たいした事が無いって? 莫迦言っちゃいけねぇ。

 あんた、この剣の価値を知らんようだな」



私の世界じゃ、単なる市販品で安物なんだけど。

どうやら人間の手に余るようだ。

という事はオリンポス神界に普通の人間が共存しているという事?

住民皆神族じゃなくて?


私の世界でもエインヘリヤル達神のための戦士は人間だったしなぁ。

色々なパターンで共存していても不思議じゃないって事なのかも。


そうなるとやっぱり、あの酔っぱらいオヤジを頼るしか無さそうだ。






私達はもう一度ヘパイストスの神殿に足を向けた。


拝殿から本殿に向け、声を掛けてみる。



「ごめんくださーい」



本殿の陰からこちらを見る男の顔がのぞいた。

昨日の酔っぱらいオヤジだ。



「お、おう? あんた、儂が見えるのか?」



何だか変な事を言うね。

まだ酔っぱらってるのかな。



「オヤジさんは人に見えないんですか?」


「ああ、儂はこれでも一応神だからな。

 この神殿の祭神ヘパイストスだ。

 だからやたらとダラシナイ姿を見せる訳にいかんのだよ。

 で、どうした? 参拝者か?」



今日はどうやら正気しらふのようだ。

息はまだ酒臭いけど。



「参拝者というか、何というか。

 昨日寄らせてもらった時は酒盛りの最中で、酔ってらしたから出直して来たんです」


「昨日も来ただと? もしかして、あの珍しい酒をくれたのはお前さんだったのかい」


「ええ、そうです」


「そうだったのか、こりゃみっともない姿を晒しちまったわい。

 酒、ありがとよ。美味かったぞ」


「それは良かったです」



あんなに酔ってて味わえたのかな。


私は来訪の目的を話す事にした。

出来るなら頼みたいのは剣と兜、盾の修理と調整だ。

人の手に余る物なら、神なら造作も無い事だろう。


ヘパイストスは私の剣を手に取って観察を始めた。



「今時グラデウスとは珍しいのぅ」



グラデウスなんて骨董品だと笑われた。

まぁ、それは古代ローマ時代の代物だからね。

でもそれ、ウルフバートなんですけど。



「しかし、ただのグラデウスではないな。

 人間が造った物とも思えぬ。

 そうであるなら、考えられるのは神界製という事か」



そこまでは街の鍛冶師は看破出来たんだよね。



「ふーむ……、この剣を修理出来るのは、儂でなければ無理だろう」



修理引き受けてもらえるのかな。

修理代がお高いと、私が支払うのが無理になるけど。



「お前さんは修理費を心配してるのか?

 人間の鍛冶師と同じだと考えるな。

 儂は神々の依頼以外は好きにしている。

 珍しい酒の礼だと思ってくれ」


「じゃあ、もしかしてただとか?」


「いや、この剣の手入れはせぬ。

 盾と兜くらいは修理してやるがな」


「剣は駄目なんですか?」


「剣は儂が趣味で造った物と交換でどうだ?」


「交換ですか」


「少なくとも、この剣よりは性能が良いぞ」


「ヒルト様、もっと良い剣と交換ですって、良かったですね」



アルレースは喜んでくれる。

まあ、元々安物だし、良い剣と交換なら悪い話じゃないだろうね。



「お嬢さん、何だね、それは?」



アルレースの姿を見たヘパイストスは凝視している。

妖精が珍しいのかな。

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