第16話「アルレース」

私は神界アスガルズに戻って来た。

移転門ステーションから出直しだよ。

今度こそトラブル無しでムスペルヘイムに渡りたいし。


軍神アレスから移転能力を賜ったけど、知らない場所にいきなり移転するのは少々怖い。

だから安全な移転門ステーションから出発した方が良いと思った。


それにしても、さっきの今だ。

一休み位はしたいよね。

旅籠はたごで一泊して落ち着いてからでも良いでしょう。


安宿の旅籠はたごの一室は、この間泊った『泉亭』と大差が無い。

明日からの行動を決めるために、旅行ガイドブックと地図を取り出した。


その時一緒に小箱が転げ出る。



「あ、この小箱は軍神アレスから貰った物だ」



中に何が入っているか知らないけど、餞別と言っていたから悪い物じゃないと思う。

私は意を決して小箱を開けてみる。


小箱の中には、妖精フェアリーが寝ていた。



「あ、フェアリーだ。

 私が会えると良いなと思っていたから、プレゼントしてくれたのかな。

 軍神アレスって良いとこあるじゃん」



私が喜んでいると、フェアリーは目を覚ます。



「あれ? ヒルト様?」



ん? なぜ初対面のフェアリーが私の名前を知っている?



「どうしてヒルト様はそんなに大きく? って、まさか私が小さくなっているのですか?」



このフェアリーは何を言っているのやら。

何か信じられないように、キョロキョロと室内を眺めまわしている。

周りの大きさに驚いているのも確かだ。



「私はどうなってしまったのでしょう?

 ヒルト様、ヒルト様、私がお判りになりませんか?」



うん、初対面の筈だから判らない。


しかし次にフェアリーが名乗った事で私は凍り付く。



「ヒルト様、私です、アルレースです。

 お忘れになられましたか?」



生物的にも髪の色や顔も違うから、全然判らなかったよ。

なぜ女性騎士だったアルレースがフェアリーになってるの?


思い浮かぶは、軍神アレスが言っていた『仕返し』。


なぜ関係無いアルレースをフェアリーに変えてるの?



「大丈夫、アルレースの事は忘れてないよ」



その言葉で嬉しそうな顔をするフェアリーのアルレース。



しかし、なぜこうなったし。


私は考えてみる事にする。

なぜアルレースをフェアリーに変えて私に餞別として手渡したのか。


そもそもアレクロウド王国の女性騎士だったアルレースは、あの世界の事しか知らないに違いない。

私が見知った人間を無碍に扱う事は出来ないし。

何も知らない人間が旅に着いて来れば、お荷物にしかならない。

そればかりか、フェアリーなんて珍しすぎる者は、どこでも注目の的になりかねない。


つまり、一人気儘な旅ではなくなるという事になる。

軍神アレスはアルレースというお荷物を持たせてくれたという事なのか。

喜ばせる餞別ではなく、仕返しとして。


うむむむむ。

軍神アレスめが、何て奴。

やっぱりあいつはケツの穴が小さいばかりか、根性までひん曲がってるよ。

とは言え、これを対価に移転能力を授けてくれたしなぁ。



「ヒルト様、ヒルト様、大丈夫でございますか?」



アルレースは心配そうに私の名を連呼する。



「あ、うん、大丈夫、考え事をしてたから」


「そうでしたか、安心しました」



この後、アルレースと話し込んでみた。


彼女は戦争逆転勝利以降、考えたという。


平民の女給だと思っていた私が起こした奇跡に驚いた事。

あれほどの軌跡を平民の女給如きに行える筈がないという事実。

ヒルトに対する認識を改めれば、あれほどの力を持つヒルトに畏敬の念が生じた事。

いずれはヒルトの側仕えになりたいと思い始めた事。

今、目が覚めれば目の前に尊敬のヒルトがいた事。


そういう彼女の心情は理解出来た。



「あぁ、それでアルレースの気持ちをアレスに利用されたのか」



アルレースは何の事か解らず目を瞬いている。


アルレースだけがこうなったのは腑に落ちないけど、確かに仕返しだ。

彼女を元に戻す方法なんて私には解らない。

それをグラズヘイムに戻って相談しようにも、休暇を取り消されそうで嫌だ。

こうなればアルレースを供に旅行を続けるしかなさそうだ。



「アルレース、私と一緒に旅行に行く気はない?」


「ヒルト様と御一緒出来るのですか?

 ぜひお伴させて頂きたいのですが、この体ではヒルト様をお護り出来そうにありません」



腕や足、自分の姿を観察しながらアルレースは悲しげに答える。


別に戦力にならない妖精フェアリーに護ってほしいと思う事は無い。

せめて話し相手になってくれれば、道中、気も楽になるかもね。



「非力な妖精フェアリーに伴周りや護衛をを頼む気は無いから気にしないで」


「ええええぇぇぇぇ? 私、フェアリーなんですか?」



アルレースは自分が妖精フェアリーになっている事を理解出来ていなかった様子。



「そう、今のアルレースは妖精フェアリーだよ」



私の言葉にショックを受けたアルレースは白目を剝いている。

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