第9話「戦場予定地へ」

顔合わせの後、数日は何事も無く過ごしている。

食っちゃ寝の毎日で、休める事は休めているんだけどね。

それにしても暇だ。


私は窓の外を眺めながら、この国を散策したいと思う。

囚われの身だけど、旅行者なんだよ、私は。

何度か外出の許可を求めてた。

けど、そんな申し出は全部却下された。





大体の場合、戦争って何も無い状態でいきなり始まる事はないみたい。

小競り合い位は頻発してるだろうけど。

結局どちらの軍も大儀が無ければ、自己正当化出来ないからね。

互いに虎視眈々と睨み合いながら、後方で進軍の機を伺っている事になる。


機会が勃発したら、被害者である自軍が正義を押し通すために進軍するって建前を打ち上げる。

もしくは開戦の後から自己正当化した理由をでっちあげたりするんだろうね。

大昔、そんな戦いは腐るほど見て来たし、そんな戦場を駆け回って来た。


まあ、ここでの私の役割は、そんな戦場で『聖女』だとか『勝利の女神』を演じればそれで良いのかな。

後の事は知らないけど。





退屈な日々を送っていると、ようやくお呼びがかかった。

どうやら私は軍の偉いさん達と共に前線に出発に号令が来たようだ。


馬車にアルレース・バスチュー・グストリムと同乗して現場に向かうという。

目指す場所はゼンフレンの丘。

そこが今回戦場になるのかな。

それがどこだか知らないけど。


私達は貴族用の四頭立てで豪華な黒塗りキャビン馬車で向かう事になる。

騎士の三人は口を聞いてくれないから、お通夜のような旅になりそうだ。

アルレースが私の横に座り、バスチューとグストリムが対面に座る。


それにしても、私への待遇が悪すぎじゃない?

どうにもムカムカが治まらない。

何とか鼻を明かして、こんな国トンズラしてやる。




私達の馬車は、貴族である軍の偉いさん達と共に、戦争のための本隊を伴って戦場予定のゼンフレンの丘に向かう。

馬車は歩兵の行軍速度に合わせるから、歩みはのろい。

馬車って歩くよりは良いんだろうけど、よく皆平気だよね。

私は窓の外を眺めるしかやる事が無い。





本隊の行軍は野営をはさみ、街道を五日ほど進む。

野営をするのだから、当然、本隊の後ろから兵糧や武器など補給物資と、輜重輸卒隊しちょうゆそつたいが続いている。


ああ、また思い出すねぇ。

私は戦闘部じゃなくて、輜重輸卒部しちょうゆそつぶのワルキューレなんだよ。

せっかくの休暇旅行だってのに、嫌な事を思い出させられて不愉快になる。

ラグナロク神々の黄昏や遠征訓練が無い平時は、エインヘリヤル神のための戦士達達にウエイトレスをさせられてたんだよ。


エインヘリヤル神のための戦士達といっても高潔な連中じゃない。

単なる下品な酔っぱらいばかり。

『戦士の館』の食堂では、大声で騒ぎ歌い、私の尻を触る奴もいる。

ああぁぁ、嫌な思い出がぶり返す。


食事時には炊事兵の女性兵士が、私達の所に貴族用の食事を運んで来る。

少数ながら女性兵士もいるんだ。

何となく彼女達に仲間意識が芽生えちゃう。


貴族用の食事といっても、行軍中だから質素そのもの。

お世辞にも美味しいとは言い難い。

パンと野菜スープ、ローストビーフのような肉料理と豆料理。

たぶん一般兵士はパンと野菜スープだけで終わってるんだろうね。



野営ともなれば、テントで寝られるのは貴族階級だけ。

特別待遇の私はテントだけど、一般兵は地べたに毛布だけという有様。

まぁ、獣か何かに急襲されたら即行動に移らなければならないからね。

一応暗がりにならないように、焚火と篝火は焚かれている。


最悪なのは、宿営地じゃないからトイレなんて物は無い。

無いから街道を外れて用を足すしかない。

いくら文明的にも不衛生でも仕方無いっちゃ仕方無い。


神族の私の体はトイレなんか用がない。

体内で全てエネルギー変換されるのだ。

一向にトイレに行かない私は、人から酷い便秘症だと思われている。




---------




そんな行軍を五日ほど繰り返し、やっと目的地のゼンフレンの丘に辿り着く。

見晴らしの良い丘の上は、工兵達によって作戦司令部が設立される。

やはり戦場を一望出来る場所に作戦司令部を置くのは定石なんだ。

私達ワルキューレは上空から一望してたけど。


開戦場所は丘の下、広い平地で川が横断しているのが見える。

どちらも川と合戦場となる平地以外は街道と森がある。

川の向こうにいるのが敵軍なんだろうね。

つまり、あの川が国境線という事なんだろう。


私とアルレース・バスチュー・グストリムはテントの一つに案内される。

バスチューとグストリムはテントの外で護衛任務に就くようだ。

テントの中は女性騎士のアルレースと私だけになる。



「下賤な平民のあなたの着替えを手伝うのは不本意ですが、役割はしっかり演じて下さいよ」



貴族子女であるアルレースが嫌々ながら口をきく。


へぃへぃ、どうせ、あたしゃ神界の平民ですょぉだ。


時が来れば彼女が私の着替えを手伝うらしい。

つまりアルレースは、監視兼旗持ち兼着付け係という事か。

女性騎士といっても護衛だけが仕事じゃないようだ。

そりゃそうか、王族や上位貴族の女性に付けられる女性騎士なんだから、雑用だってあるよね。






やがて兵士の一人が伝令を伝えに来た。



「もうじき作戦会議が始まります。

 同席せよとの達示たっしを伝えます」


「了解した」



女性騎士アルレースが返答をする。

私達は作戦会議に同席はするけど、会議に参加をする訳じゃないらしい。

地図を見ながら作戦行動を伝えられるだけだ。

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