第5話「世界情勢を聞く」
女官はベネデッタと名乗った。
見たところ20代で長い金髪を後ろで纏めている。
ルヌハルト伯爵家の三女だという。
やっぱり貴族のお嬢様かぁ。
気位が高いはずだよ。
この国の名はアレクロウド王国。
国王の名前がティアーソというらしい。
敵国が軍神アレスの加護を得て戦争準備をしているとか。
強力な神の加護を得た国と戦争となれば、アレクロウド王国は蹂躙されかねないらしい。
そんな危機的状況を打破するために魔術師や神官を揃えて対抗し得る神を召喚しようとしたという。
「あんたんとこ、戦争になるんだ」
「はい」
「それで助っ人を呼ぼうとしたんだね」
「その通りでございます」
「そっかぁ」
うん、神を召喚というのは癪に障るけど、アース神族の私が召喚されたのは、あながち失敗じゃなかったって事か。
しかし神に降臨頂くと言えないのかな、こいつら。
んで見た目で私が平民と判断されている訳か。
それに軍神アレスって、オリュンポス神族の上位神じゃないの。
ワルキューレの私がまともに相手出来る神格じゃないよ。
私を召喚したここの連中は神に加護を頂きたい立場だから人間だろうね。
って事は、この世界は死を免れない人間の地ミズガルズって事になるよね。
「ベネデッタさん、この世界はミズガルズなの?」
「はい? 水が……何ですか?」
ベネデッタは知らない様子。
ミズガルズという呼び名は神界だけなのかな。
もしかして数多い人間の世界の一つが、ミズガルズという可能性はある。
人の世界?
様々な時空間に沢山存在するよ。
だから別の世界に行けば、そこは全て異世界と言う事が出来る。
ここの世界は、そんな世界の一つだろうと想像がついた。
人の集合意識が、ここを剣と魔法の世界と創造したんなら、そういう世界って事になる。
「そっか、いいや、何世界でも」
「何を仰っているのか私には解りませんが。
どちらにしろ、この後は服をお召替えしていただく事になります」
ベネデッタの説明では、城の使用人達が大挙して押し寄せるらしい。
そりゃそうか、埃塗れの旅人の服じゃ王侯貴族の前に出せないからね。
☆
【ティアーソ王たち視点】
会議室の中は重苦しい空気が蔓延していた。
上座のティアーソ王は頬杖を突き、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
今回の召喚の儀のために長い事時間をかけ、王国中の魔力も術者も集めて来た。
敵国の軍神に対抗するために、十全の用意も為してきたはずだった。
今からではやり直す猶予は見込めないだろう。
「卿等に問う。今回の顛末を如何様に考える」
重苦しい国王の言葉に
「召喚されたのが平民の女給だとは」
良い年の女給は娼婦を兼ねる事が多いという認識を皆持っている。
そんな概念で平民の中でも立場は低く思われている。
ヒルトが自らをウエイトレスだと言った瞬間、皆はそんな蔑んだ目で見ていたのだった。
「仕方ありません。この際彼女を『聖女』とでも祭り上げてみては?」
グスティン大臣が渋々代案を揚げてみた。
敵国の神の加護の前には太刀打ち出来そうな見込みはない。
しかし自軍の戦意高揚の役位には立つかもしれない。
戦いの前にモチベーションが低ければ、善戦する以前に気持ちで負けてしまうだろう。
「そうですな。せめて自軍のモチベーションでも上げない事には」
「うむむ、それも仕方無しか」
「ふ、平民の女給が勝利の女神に化けるのか」
「役立たずの平民を召喚してしまった落ち度を隠す程度には使えるかもしれませぬ」
「女性騎士の鎧を飾って、それらしく自軍にアピールせねばな」
「それは良い提案ですな」
「そうと決まれば、今から勝利の女神とか聖女とか喧伝した方が良い」
「ふっ、何が勝利の女神だか」
「それでも多少の抵抗にはなりましょう」
嘘を糊塗しても難局は切り抜けられそうもない。
そんな事は皆承知の上でいた。
せめて互角の戦いが出来るように、出来る限りの作戦も考え出さねば。
たとえ惨敗の結果を迎えようと、最初から気持ちで負けているよりはマシだろう。
今の所、その程度の方策しか誰も考える事が出来なかった。
戦争の最中、彼女が討たれても敗戦の言い訳位は出来るだろう。
彼女を政治に祭り上げる本当の意味はそこにある。
全員の腹の中にはそんな思いしかなかった。
それでも敵国に蹂躙されるよりは、マシな選択に思える。
「では勝利の女神の鎧の拵えは女官に任せる事にいたしましょう」
「それしかあるまい」
「我ら男性では、女性の下着姿を眺める訳にはいきませぬからな」
-------
会議は終わり、一人の大臣の下に女官が呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
「うむ、あの娘を『勝利の女神』として祭り上げる事に決まった。
ついては
女性騎士の鎧を派手に飾り付けたりな」
「そのような事に決まったのですか」
「背に腹は代えられぬという事だ」
「畏まりました。では部下と共に作業に入ります」
女官も溜息をついて大臣の下を辞した。
色々と内情を知る女官には、それだけの話で全て理解出来た。
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