第4話「世界急展開」

旅籠はたご『泉亭』の一室で目が覚めた。

今日の予定は移転門へ行って、炎とスルトの世界ムスペルヘイムへ向かう事にする。


せっかく神界の外に出るのだから、そういう世界観に付き物の妖精フェアリーにどこかで出会えれば良いのだけど、今のところ宛てもチャンスも無い。


妖精フェアリーは人間と神の中間的な存在の総称。

人とも神とも違う性格と行動は、しばしば気まぐれと形容されるらしい。

ある意味、中途半端な者だから、神界にはいないだろうと想像出来る。







宿を出て、次の日には移転門ステーションに無事到着出来た。



「はぁーーー、大きな建物だねぇ」



移転門ステーションには、世界各地へ行ける門が沢山あるそうだ。

屋上には大きなガラスのドームがあり、陽の光が反射して輝いている。



ドームの下には様々な店があり、フードコートも充実していた。

他には旅行代理店や土産物店、服屋や靴屋、雑貨屋等々がひしめいている。

どこかに旅立つ者達が色々買っていくんだろうな。



「私も弁当を買っていこうかな」



出発ホームといえば、列車は来ないけど駅のような風景だった。

私は門を潜る順番待ちの列に並んで、自分の番を待つ。






その時だった。


いきなり私に異変が襲ってきた。


平衡感覚がおかしくなり、見ている風景が歪み、景色は様々な色の絵の具が攪拌されているような感じで混ざり合う。

雑踏の音も聞こえなくなった。



「わっ! な、なに? これ? なに? どうなったの?」



雰囲気からすれば『移転』に近いかも。

移転門の移転より綺麗な移転じゃない。

神々の移転術はこんなに不快感は伴わないし。

移転の術式はかなり下手な出来栄えにも感じる。


何処かの誰かの召喚術に運悪く引っ掛かったのかも。


誰だ、こんなに下手糞な移転召喚術を使っているのは。

失礼ったらありゃしない。

犯人を殴ってやる。

良いよね? この謎の召喚術を行った術者を殴っても。

それも神罰だと思ってもらいたい。







やがて異常状態は収まりだした。

目を開くと大広間に大勢の人影が見える。

足元、床を見れば何やら魔法陣が描かれている。

やはり私は何者かの召喚移転術に引っ掛かったようだ。


だって何やら魔法陣があるんだもん。


魔法陣の外周には、魔法使いの様なローブを纏っている者、神官の様な者達が大勢で取囲んでいる。

皆が皆唖然とした表情をしている。

私は誰を殴れば良いんだろ。



「おお、ジャストフ神官長、成功したようだの?」


「何だ? ただの平民?」


「どういう事だ?」


「冒険者? なのか?」


「冒険者としても丸腰のようだが」


「と、いう事はただの平民なのか?」


身形みなりから察すれば、ただの平民のようだが」



貴族と思しき者達が微妙な表情を浮かべ、口々に訳の判らない事を口走り始めている。



「いえ、ティアーソ王様、成功はしたと思うのですが」


「成功したと言っておきながら、一体誰を召喚したと言うのだ」


「そ、それは、なんとも」



何事かを聞きたいのは私の方だ。

ここはどこで、あいつらは誰で、何の目的で強制的に召喚移転したのか。

そして無礼な言葉があちこちで飛び交っているのも聞こえるけど。



「ちょっと、あんたたち!」


「お、おお、召喚された其方そなた、名を何と言う?」



王様らしき人が姿勢を改めて聞いて来た。



「私の名はヒルト」



その後、王様から多くの質問を浴びせ掛けられた。


私は説明するにワルキューレと言っても、異文化の相手に説明が面倒くさくなりそう。

だから手っ取り早く、普段ウエイトレスをしていたと言った。

永い事激務が続き、やっと貰えた休暇で旅行に出た事などを答える。

周囲の人達は私の答えに、酷く気落ちした雰囲気が蔓延し始める。






「王様、どうやら神官は召喚に失敗したようですな」


「失敗なのか」


「そのようにしか見えませぬ」


「平民の娘で女給をやっていたなん、下賤も甚だしい」



何やら複雑な表情の王様や貴族と思しき連中、そして神官達や魔術師達は場所を変えて会議に入るらしく退場を始めた。



「ちょっとぉ、呼ばれた私には何が何だか解らないんですけどぉ」



怒る私に一人の女官がやって来た。



「大変に驚かれたご様子ですね。

 あなたの事は私がお世話をするように申し付かっております」



一見丁寧な言葉遣いに思えるけど、言葉の端々に険が伺える。

ここが王宮関連の場所なら、女官は貴族に属している可能性は高い。

私の見た目が平民だから対応に困っているようだ。


誰を召喚しようとしたのかは解らないけど、期待が外れたという事なんだろうね。







やがて客間と思しき部屋に案内された。

私を案内した女官は、すぐにどこかに立ち去ろうとする。



「ちょっと待ってよ」


「はい、如何しましたか?」



取り敢えずは何がどうなっているのか聞きたいと思う。



「少なくとも勝手に呼び出したのはそちらなんだから、説明の義務はあると思うんだよね」


「言われる通りですね。

 私で宜しければ、お話しても差し支えないかと」



やっぱり女官は貴族なんだろうね。

平民なんかの相手をしたくないって態度で語ってるよ。


へぇへぇ、あたしゃ神界の平民ですよ。

アース神族の末端の中の末端。

だから有名所の上級神とは違って、単なる一般神いっぱんじんですからね。

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