窮地
須藤 直道は枕を濡らして起きた事に気付いた。道子が静子の妹などという都合の良い夢を見ていた。それが本当の事だとして、今更どんな顔をして会いにいけば良いのだろうか。直道は昨夜会った黒っぽい男の事を思い出していた。
確かに自分が望んでいた事だ。夢で見た静子の焼け爛れた顔も、初めは驚きはしたが、心はそのままの美しい女性であった。道子から聞く姉の話も、まるで静子の話を聞いているようだったが、静子と再会した時に言い訳が立たないではないかと思うと会う事が躊躇われた。
なのに何故だろうか。年月が経ち過ぎたのだろうか。静子を放っておいた事の後ろめたさか。嫌、違う。憐んでしまっているのだ。自分は会社を成功させて時代の波に乗る社長。静子は
そんな風に見ている自分を許せないのだ。そんな自分を軽蔑しているのだ。会える訳がないと思った。
道子がやって来た。いつものように軽く挨拶をして、掃除から始めた。なんとも居心地が悪い。道子までも否定しているかのような気分になる。そんな時、けたたましく電話が鳴った。部下からだった。どうやら出荷した製品に不備がありクレームの電話が鳴り止まないと言うのだ。道子に事の次第を伝えると、すぐに出社した。
会社での話し合いの結果、全商品を回収する事が決まった。店頭に出ている物はもちろんの事、購入してくれた顧客の商品も、望んでくれるのであれば無償で代品を送るよう手配した。
その費用は思いの外大きく、現在の会社の資産で賄えるものではなかった。これまで融資無しでやり繰りをし、経営を乗り越えてきたが、直道はメーンバンクにアポイントメントを取り、交渉の場に立った。
「須藤社長。正直なところを申し上げさせてください。今回の融資については須藤社長にお貸しする事は難しいかと言わざるを得ません」融資担当者は直道が独身であり、社会的信用を得れない為、それがネックとなり、決裁が下りないとの事だった。粘る直道だったが、こればかりはどうする事もできなかった。
万事休すだった。ここまで我が子のように手をかけて育ててきた会社が終わってしまう。静子と再会した時に、胸を張って会社を共に大きくしていこうと言うつもりだった。
「静子さんの本意を確かめるのです。この世の為に」男の台詞が甦った。訳の分からなかった言葉が腑に落ちた。社会貢献、愛情、思慕、思い合い、未来、すべてが一つの線で繋がった。直道は覚悟を決めて静子の元に向かった。
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