犠牲になった誘拐犯
再会
高速で回転するドリルは木材に触れた瞬間にドリルの溝を伝って木のリボンを舞わせた。万力から木材を解放してやると五センチメートル左にずらしてまた万力で固定する。そうやって再びドリルが木材に穴を空ける。
「大分、慣れてきたようだな、藤井」先っきから側で見守っていた刑務官の権藤が声をかけた。藤井は権藤を見上げて無表情のまま頷いた。
やがて場内にチャイムが鳴り響き、刑務官たちが就業を告げた。後片付けを済ませ囚人たちは綺麗な列を作る。まるでロボットのように行進しそれぞれの収監房へ帰っていく。
藤井が収監房へ入ろうとした時、権藤は藤井の肩に手をやった。
「藤井。面会だ。二時間ほど前から面会室でお待ちだぞ」藤井は天涯孤独の身だ。ここ大和刑務所に収監されて二年と少し経つが、これまで面会人など来た事はなかった。それなのに誰が藤井に会いに来ると言うのだろうか。ふと藤井は逮捕前に、とあるバーで会った黒い男を思い出した。名前も職業も何も知らないが、出頭を決意させたのは間違いなくあの男と会ったからだ。しかし藤井はそれが現実であったのかどうかは分からないでいた。ただあの男が見せた、経験させた事が、藤井に僅かながらの希望を持たせたのは間違いない。
僅かながらの高揚感をもって面会室にそっと入ると、自分より少し年がいった女性が椅子に座る少女に寄り添うように立っていた。ドアの音に気付いた少女は、藤井の方を見ると、椅子から飛び降り駆け出した。そして藤井の足元に抱きついた。
「おじちゃん、おじちゃん。会いたかったよ」藤井は膝から崩れるように
「り…莉奈ちゃん。ごめんね。本当にごめんね」藤井は大粒の涙を
女性に促されて席についた藤井は、女性から莉奈の近況を聞かされた。
「そうですか。元気に過ごせていて安心しました」藤井は丸めた頭を撫でながら言った。
「それでね、藤井さん。もしご出所なさったら、お仕事とか行く先は決まっているのかしら」付き添いの女性が心配そうに聞いてきた。
「いや、お恥ずかしい限りですが…」藤井は途端に表情を曇らせた。
「こう言ってはなんですが、当方としては莉奈ちゃんの希望に沿って、出来たら出所後のあなたの元に託したいと考えています。でもあなたご自身の先行きがご不明なのでは…」女性の物言いも歯切れが悪かった。藤井としても出来たら莉奈を引き取りたいと思っていた。罪を犯してまで莉奈を救おうとしたのだから。
「お話し中に申し訳ありません」入り口付近で待機していた権藤が口を挟んだ。「藤井には言おうと思っていたのですが、所内でフォークリフトの資格を取らせようかと思っています。木工の仕事も
「ご…権藤さん…」藤井は潤んだ目で権藤を見上げた。
「それは良かった。これで安心して手続きを進められます」こうして女性は莉奈の手を引いて刑務所を後にした。
「良かったな、藤井。おそらく後、半年ほどで仮出所の決定が出るだろう。頑張れよ」藤井は権藤に深々と頭を下げた。
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