継承

 吉田 博史は横に藤野を座らせてジャック・ダニエルを炭酸水で割ったハイボールを飲んでいた。

「ねぇ、親父さん。どうせジャックを飲むんならロックで飲みましょうよ」

「バカヤロー、何度言ったら分かるんだ。強い酒は舌を鈍らせる。板前はアルコールは嗜む程度だと言っただろ」吉田の言葉に藤野は子供のように口を尖らせた。

 吉田がLIFEを訪れるのは二十年弱振りだろうか。その間、修行に励み、十年ほど前に独立し、割烹 良志多よしだを開店するに至った。今では自分と同じ少年院上りの子たちを預かったりもするようになっていた。

 師匠の桜田は三年前に他界し、桜田の理念を継承するように、日々励んでいる。先っきまで調子に乗っていた藤野は、酔い潰れたのか眠ってしまった。

「おい、藤野。ったく、だらしねぇなぁ」店内の灯りが徐々に暗転していく。

「ご無沙汰しております。その後ご盛況で何よりで」二十年前、夢だったのか会った事のある黒い男がいつの間にか隣に座っていた。

「あっ…いや、こちらこそです」二十年も経っていながら、ちっとも変わり映えしない男に一瞬だじろいた。

「随分繁盛されているようで、私もお世話させていただいた甲斐がございますよ」男は正面を向いていて、こちらを見ずに話した。

「あの時はありがとうございやした。お礼を言うのが遅れてしまいやして。ところでずっと気になっていやしたんですが、その、料金と言うか、報酬はいくらくらいお支払いしやしたら」

「はい、もういただいております」あの時は随分と存在感を示して迫ってきた男と同一人物とは思えないほどに、今はまるで影のような男の言う事がまったく理解出来ない。

「あなたはあの日、親方さんの親目線からの経験をなされました。その経験を充分に活かしていただき、ほら、もう桜田さんと同じように振る舞われている。あなたのその…お姿こそが報酬です」吉田にはやはり理解出来ない。

「そうだ、せめて良志多みせにお越し下さい。充分なおもてなしを」

「いえ。あなたはもう一つ仕事が残っていますよ。それはそこで寝ている藤野さん。その人にきちんと継承して差し上げる事です。そうすれば充分は十二分になりますからね。お忘れなきように」辺りが一転明るくなった。男は名刺を残して消えていた。

「人生屋…か。おい、藤野、帰んぞ、起きねぇか」

「へぃ、親父さん」

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